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【131】其はいかにして魔剣となりしか  プロローグ meg 08/5/18(日) 20:53
【132】其はいかにして魔剣となりしか  vol.1 meg 08/5/21(水) 0:03
【133】其はいかにして魔剣となりしか  vol.2 meg 08/5/25(日) 20:28
【134】其はいかにして魔剣となりしか  vol.3 meg 08/6/2(月) 17:15
【139】其はいかにして魔剣となりしか  vol.4 meg 08/6/4(水) 20:41
【140】其はいかにして魔剣となりしか  vol.5 meg 08/6/6(金) 14:39
【141】其はいかにして魔剣となりしか  エピローグ meg 08/6/9(月) 14:48
【142】あとがき。 meg 08/7/5(土) 16:06
【143】其はいかにして魔剣となりしか  外伝 meg 08/7/5(土) 18:27

【131】其はいかにして魔剣となりしか  プロロー...
 meg  - 08/5/18(日) 20:53 -
  
『サイラス、魔王を打倒せんと志立て名剣グランドリオン手にするも、魔王の前に倒れる。サイラスの朋友グレン、その志引き継ぎ、グランドリオンと共に魔王を葬る。
   ――ガルディア史録
 
 閉じていた目を開き、グレンは胸の前で合わせていた手をゆっくりと下ろした。テルミナの外れにある霊廟、その一角に墓標代わりに突き刺さった龍の聖剣・イルランザーの前に片膝をついている。
 兄貴は死ぬはずじゃなかった。魔剣グランドリオンの捜索日前夜、兄ダリオは笑って言ったのだ。見つけるだけで、触れはしない。俺は誰も、恨みたくないからと。
「それよりも、グレン。お前に言っておきたい事がある。」
 微笑みはそのままで、しかし真剣な眼差しで、ダリオはグレンに向き直った。密かに尊敬する兄に見つめられ、グレンは照れ隠しに茶化して言った。
「なんだよ、兄貴。リデルお嬢様の事か?兄貴がいない間守れって言うんなら、言われなくてもやるつもりだぜ?」
「そうじゃない。いやそれもあるけど、今はその話じゃないんだ。」
 そこで少し言い淀んだが、ダリオは意を決したようにあの事を口にした。
「これから先、俺にもしもの事があった時に…この剣をお前に託したい。」
 この剣、という所で腰のイルランザーの柄に手をかける。グレンは慌てた。
「やめてくれよ、縁起でもない。大体、なんで俺なんだよ、俺はまだ龍騎士団の中じゃ下っぱだぜ。実力から言っても次の剣の持ち主はカーシュだろう?」
 グレンの反論に晴れやかに笑って、ダリオは言い放った。
「俺はお前に継いでほしいんだよ。この剣は親父から継いだものだ。だからお前にだって継ぐ権利はある。実力だって、お前にはまだまだ可能性があるじゃないか。」
 その言葉を思い出す度に謝っていた。ゴメン。俺にはイルランザーを継ぐ資格がないんだ。だからこの剣はずっと兄貴の物だよ。継承者を途絶えさせるのは惜しいかもしれないけど、俺には継げない。俺自身が継がせない。
 親父がまだ生きていた頃、いつも言っていた。グレンというのは、昔の勇者の名前だ、そこから取ったんだ。だからお前はきっと良い騎士になるぞ、と。
 しかし、ふたを開けてみれば剣の腕は平凡、短気で未だに下っぱ騎士の一人でしかない。ダリオの方がよっぽど英雄らしいし、実際グレンの中では英雄は兄以外の何者でもなかった。イルランザーだって、名ばかりは立派だが見かけ倒れの自分に受け継がれるよりは、永遠に英雄らしいダリオの剣でいたいに違いない。
 立ち上がったグレンの目の端に、光る何かが映った。そちらへ顔を向けると、金属製の長い物が流れ着いているのが見えた。歩み寄ってそれが何か理解した時、無数の声がグレンの頭の中に響き…。
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【132】其はいかにして魔剣となりしか  vol.1
 meg  - 08/5/21(水) 0:03 -
  
「なぜあの剣を手にしてしまったの…?お願い、帰ってきて…」
 エルニド諸島本島の北に位置する、蛇骨館。その最上階のテラスで、女性は一人つぶやいた。背後でぱしゃ、と水音がしてぺたぺたぺたと水気を含んだ足音と共に歩み寄ってきた者が、幼い声で女性に話しかけた。
「信じて行動を起こせば、きっと結果が返ってくるって誰だったか言ってました。きっと大丈夫です、帰ってきますヨ。」
 大きな瞳、葉っぱの眉、頭に大きな花をのせた足元の生き物に、女性は微笑みかけた。
「ありがとう、フィオ。」
――一方、蛇骨館の前庭は慌ただしい空気に包まれていた。
「こっちにはいなかったであります!」
「向こうにもいなかったんだな!」
 ソルトンとシュガールの報告を聞いて、カーシュはチッと舌打ちし足を踏み鳴らした。
「クソッ、どこ行きやがったんだあいつは!」
 そこへ跳ぶような足取りで少女が駆け戻ってきた。カーシュが振り返って問いかける。
「どうだ、いたかマルチェラ?」
 マルチェラは横に首を振った。
「だめ、見つかんない。」
「困った事になった…どこかで問題を起こしていなければいいが。」
 難しそうな顔をして腕を組んだ蛇骨が、館を仰ぎ見てつぶやいた。
「娘もショックを受けていたようだしな…」
 その言葉にカーシュの目がほんの少しだけ揺らいだが、それに気づく者はいなかった。
「もう、何なのよあいつ!お祭りの真っ最中だってのに、トラブル起こすなんて!見つかったら飛んでいって一発お見舞いしてやるんだから!」
「そいつは少し難しいかも知れんぞ。」
 腰に手をあてて怒るマルチェラの言葉に、いつの間にか戻ってきたゾアが口を挟んだ。マルチェラは勢いよく振り返り抗議する。
「何よ、どーいう事?!」
「実はさっきテルミナ港で目撃証言が出たんだが…」
 ゾアの口調が妙に歯切れが悪い。鉄の仮面をかぶっているために表情は分からないが、どうやら困惑しているようだ。
「港という事は、船を使ったのか?しかし今の時期はまだ潮の流れも速いから、この海域を出る事はできん。探すのに苦労はせんだろう。」
「いや、船は使っとらんのですよ大佐。その…魔剣の影響ですかね、とんでもない事をやってのけたのです。」
「もう!いい加減はっきりしたらどうなのよっ!」
 詰め寄ったマルチェラが上目遣いににらむと、ゾアはようやく重い口を開いた。
「それが…奴は海の上を歩いて行っちまったんだ。」
 一瞬、その場がしいんと静まり返る。
「む?」
「は?」
「へ?」
 全員の見事にそろった疑問符のコーラスに、ゾアが言葉を繰り返す。
「だから、奴は水面を歩いて…」
「んなバカな事があるかっ!どこの世界に水の上を歩く人間がいるっていうんだ?!」
 思考停止状態からいち早く脱したカーシュが食ってかかるが、返ってきたのは冷静な声だった。
「俺も港で見た時は目を疑った。しかし、それが現実なんだ。なんなら目撃者にも確かめてくるといい。」「でも…あいつは海を渡ってどこへ行く気なの?」
 まだ呆然としたままのマルチェラがぽつんとつぶやいた。
 再び訪れた沈黙は、中庭から聞こえてきた騎士達の声によって破られた。中庭からソルトンとシュガールが駆け出して来て報告する。
「変な物が空を飛んでいるんだな!」
「この館の周りをぐるぐる回っているのであります!」
「空を?」
 不審そうにつぶやいて蛇骨が天を仰ぐ。四天王の三人もそれに習い、そして見た。四枚の羽がある、卵型をした白い物体が曲線を描いて飛んでいるのを。
 気が付けば誰からともなくその物体を追って走り出していた。中庭には大勢の騎士も集まって来ていて、あれはパレポリの新兵器ではないかと騒ぐ者、ただぽかんと見上げる者、根拠なく打ち落とすべきだと主張する者、様々だ。
 その時、謎の物体が空中で停止した。そこは最上階のテラスの前で、そこにはよく見知った若い女性の姿が…。
「リデルお嬢様!」
 叫ぶと同時にカーシュは風のような勢いで走り出した。
「待て、カーシュ!」
 ゾアの制止も効果はなく、仕方なしに蛇骨とゾア、マルチェラは後を追った。「まったく、お嬢様の事となったら後先考えず突っ走っちゃうんだから!」
 走りながらマルチェラはぼやいた。
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【133】其はいかにして魔剣となりしか  vol.2
 meg  - 08/5/25(日) 20:28 -
  
「こんにちは。今日は天気がいいわね。」
 あり得ない所から挨拶されて、リデルは驚いて振り向いた。テラスの手すりの向こうに見た事のない白い乗り物が宙に浮かんで、そのハンドルを握る少女がにこやかに笑いかけながらこちらを見ていた。
 青空に映えるオレンジ色の髪は後頭部で一房だけを白いリボンで束ねてあり、あざやかな緑色のボレロの前を赤い石がはめ込まれたブローチでとめている。白いシャツにボレロとおそろいのハーフパンツ、左手にブレスレットをして足元は革のサンダル。謎の乗り物に乗っている事を除けば、いたって普通の少女だ。
 リデルが呆気にとられて言葉が出ないでいると、少女は再び話しかけて来た。
「こんな立派なお屋敷って、わたし初めて見たわ。ここってあなたのおうちなの?」
「え、ええ…。」
 遠慮がちに返事をすると、少女は目を輝かせた。
「すごい、あなたってお嬢様なのね!エルニド諸島で初めて出逢った人がお嬢様なんて、とっても素敵!」
 無邪気にはしゃいでいる少女を見ていて、リデルも思わず笑みがこぼれた。少女の方へと近寄りながらこちらからも話しかけてみる。
「エルニドで初めて、って事はあなたは大陸から来たのね。エルニドには何をしに来たの?」
 少女は一瞬きょとんとしたが、すぐ何かに思い当たってぽんと右の手のひらを左の拳で打った。
「忘れるとこだった。探し物があったんだわ。この海域のどこかにあると聞いて来たんだけど…。」
 ちょっと考えて少女はリデルに問いかけた。
「ね、このお屋敷に宝物庫ってある?」
「ええ…あるにはありますけど。」
「じゃあ、そこに剣とか置いてない?」
「さあ…わたしは宝物庫に入った事がないので判らないのですが…。では、あなたが探しているのは剣なのですか?」
 少女はこくりとうなずいた。
「そうなの。実はね、伝説の名剣…グランドリオンを探しているの。」
 リデルが剣の名を聞いてはっと息を飲んだと同時にテラスと室内を隔てる扉が勢いよく開いた。父の蛇骨や四天王がテラスになだれ込んでくる。リデルと話している手すりの向こうの少女を怪しい者とみなしたのか、先頭のカーシュがリデルに向かって叫んだ。
「リデルお嬢様、そいつから離れて下さい!」
「どうして?」
 至極素朴な疑問を口にしたのはリデルではなく少女の方だった。乗り物からテラスへと身軽に飛び降りると面白そうにカーシュを見る。横槍を入れられてカーシュは一瞬言葉に詰まったが、すぐに言い返す。
「てめえが怪しいからだ!」
「怪しいってどこが?」
「人の所有地に勝手に踏み込んで来る奴のどこが怪しくないっていうのよっ!」
 後ろからマルチェラがカーシュの加勢をする。さらにその後ろから、蛇骨がリデルに呼びかける。
「とにかく、こっちに来なさいリデル。」
 リデルは蛇骨の声に従いかけて踏みとどまると、蛇骨に言葉を返した。
「少し、待って下さい。」
 そして蛇骨が何か言うよりも早く、少女に問いかけていた。
「なぜグランドリオンを探しているの?伝説の名剣とはどういう事?」
 テラスになだれ込んできた全員がグランドリオンの名を聞いて緊張したが、少女はあっけらかんとして言い放った。
「グランドリオンを持って、お墓参りに行こうと思って。」
 笑顔さえ浮かべて言う少女にカーシュは呆れたように反論した。
「グランドリオンは魔剣だぜ。そんなものを持っていったって喜ばれる訳ないだろ。大体、手にしたら最後、呪われちまって墓参りどころじゃねぇぞ。」
「喜ばれない訳ないじゃない、かつて自分が手にした名剣だもの。中世の時代に魔王を葬ったとされている伝説の剣なのよ。」
 噛み合っていない会話に、ゾアが割り込んだ。
「どっちにしろ、今はここにはない。グレンの奴がこの海域外に持ち出してしまったんだ。」
 少女が驚いて目を見開いた。続く反応は、予想外の言葉だった。
「グレン?」
 あごに指をあてて考え込む少女の様子にリデルは小首をかしげ、すぐにはっとした顔になって詰め寄った。
「あなた、グレンの行き先に心当たりがあるの?」
「え?う、うん、グランドリオンの行き着く先って言ったらあそこかなあって思う所はあるけど…。」
「じゃあ、わたしをそこへ連れていって下さい!あなたの乗り物なら潮の流れに影響される事はないから、海域外に出る事は可能でしょう?」
 しばらく静観していた蛇骨が驚いて声を荒らげた。
「リデル?!」
「お願いします、行かせて下さい父上。」
 リデルの必死な目を見て蛇骨は理解した。リデルが自分の手でグランドリオンの呪いからグレンを救いたいと願っている事を。婚約者だったダリオの死を乗り越えるために、グランドリオンの呪いと戦おうとしている。
 思わずため息が出た。意志を曲げないリデルの性格と、そんな娘に甘い自分とに。
「仕方がないな。」
 リデルはその返答に表情を明るくした。
「ありがとうございます。」
 すると、カーシュやマルチェラが我先にと主張する。
「俺も行くぜ!」
「あたしも!」
 リデルが少女の方を振り向くと、苦笑気味の声が二人に答えた。
「シルベーラは四人乗りなんだけど。」
 あの乗り物はシルベーラというらしい。
「帰りはどうするのよ?」
「どうするって?」
 マルチェラの疑問に少女が短く説明する。
「グレン君とやらも乗らなきゃ、でしょ。」
「あ、そっか。」
 少し考えて、マルチェラは意味ありげな笑みと共に半歩前のカーシュの背中を軽くたたいた。
「仕方ないな。譲ってあげるわよ。」
「…そりゃどうもありがとよ。」
 少しやけ気味にカーシュが答えた。
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【134】其はいかにして魔剣となりしか  vol.3
 meg  - 08/6/2(月) 17:15 -
  
 東の島にある小さな町、チョラス。町そのものには特筆するような事はないが、西の岬には偉大な冒険家トマ・レバインの墓が、そして北の森には勇者の墓と呼ばれる屋敷がある。
 宿と一続きになっている小さなパブに、変わった三人組がやって来た。一人は派手な服装の男、一人は長い髪の美女、最後の一人は緑色の服の少女。最年少らしい緑色の服の少女が愛想良くパブの店主に話しかけているのを、他の二人が見守っている。少女は人探しをしていると言い、相手の特徴を簡単に話した。その青年が北の森に向かっていたという目撃証言を得ると、最後に少女はチョラス名物のレバイン酒を一杯注文した。しかも持ち帰りでと言う少女に理由を問うと、お墓参りに行くんです、と笑いながら答えた。
――すぐに済むからと少女に言われ、一行はまず岬へ向かっていた。
「おい小娘、なんで西の岬なんだよ?グレンは北の森にいるはずだろうが。」
 カーシュの不満たらたらの声に、少女は振り返って笑顔で答える。
「その前に、別の人のお墓参りを済ませとこうと思って。」
「この先には冒険家のお墓があると聞きましたけど…お酒をお供えするのですか?」
「そうだけど、そうじゃないのよ。」
 意味深な言葉にカーシュはいら立った顔をしている。
「どういう意味だよ?」
「見てれば判るわ。ほら、着いた。」
 白い石でできた墓に、確かにトマ・レバインと名前が彫ってあった。その前に立った少女は酒の入ったジョッキを墓の上にかかげ、なんと墓石に中の酒を振りかけた。
「何やってんだバカ!墓に酒をぶっかけるなんて非常識だろうが!」
「いいのいいの、この人のお墓はね。さ、次は勇者の墓に行くよ。」
 カーシュに怒鳴られても悪びれずにもと来た道を戻っていく。後を追いかけながらリデルが首をかしげた。
「けれど、なぜ勇者の墓と呼ばれているのでしょう?」
「ああ、それはね、あそこに葬られている人がかつてガルディア王国に貢献したサイラスっていう名前の騎士さんなんだって。四百年くらい昔はグランドリオンは勇者の剣とされていて、剣に選ばれた勇者しか触る事ができなかったんだって。」
「剣にえらばれるぅ?!どうやって剣が所有者を決めるっていうんだよ?」
 カーシュがすっとんきょうな声をあげる。
「あの剣にはグランとリオンっていう精霊が宿っているの。その子達が気に入った人が所有者になれるみたい。」
「みたいって…。」
あまりにも曖昧な基準にさすがにカーシュも呆れる。少女はその言葉が聞こえなかったかのように続ける。
「それで、そのサイラスさんもグランドリオンに選ばれた人だから、きっとグランドリオンに導かれてグレン君もそこにいると思うの。」
「では、行きましょう。」
 グレンの名を聞いて気が急いたリデルは、早足で歩き出した。
――北の森にたたずむ、古めかしくも立派な館。それが勇者の墓だ。中に足を踏み入れるといきなりふた手に分かれていた。少女はぐるりと辺りを見回すと左の道を指し示す。
「確か、サイラスさんのお墓があるのは左よ。」
「お前、来た事があるのか?さっきの呼び名の由来といい、やけに詳しく知っているが。」
 カーシュの何気ない質問に少女はえっという顔をしたが、すぐに笑って答える。
「ううん、初めてだけど、わたしの父さんと母さんが来た事あるらしくって、その話を思い出しながらしゃべっているんだ。」
 さあ行こう、と言って少女は先に立って歩き出した。その後をカーシュとリデルが追う。階段を登り通路へ出ると奥の部屋に向かう。そこがサイラスの墓だった。
「あれ?」
 しかし、そこにいるはずのグレンはいなかった。少女が部屋をぐるりと見回しながら不思議そうにつぶやく。
「おっかしいなあ、きっとこっちだと思ったのに…。」
「別に不思議がる事はねぇよ。ここにいるのは間違いねえんだから、こっちじゃなければ反対側に決まってんだろ。」
「でも、あっちには何もないはず…あ、リデルさん?」
 カーシュと言い合いをしていた少女は、リデルが無言で引き返して行くのを見て慌てて声をかけた。リデルは肩ごしに振り向いた。
「行きましょう。早くグレンをあの呪いから解放してあげないと。」
 リデルが焦っているのがカーシュには痛いほど判った。部屋を出ていく後ろ姿を見つめる目がほんの少し揺らぐ。
「カーシュさん、もしかしてリデルさんの事好き?」
 突然横から声をかけられて危うく飛び上がりそうになった。少女が隣にいた事を失念していたのだ。カーシュを見上げる瞳にはからかいの色もなければ真剣な様子もない。ただの世間話、といった感じだった。
「…お嬢様に言ったらただじゃおかねえ。」
 ごまかすのが下手なカーシュはそれだけを口にした。
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【139】其はいかにして魔剣となりしか  vol.4
 meg  - 08/6/4(水) 20:41 -
  
 もと来た方へ引き返し入り口まで戻ると今度は右へ進む。その先には三人の探している人物がいた。
「あ…。」
 リデルがその場に立ち尽くす。そこは広い部屋で、入り口以外に奥へ続く三つの扉がある。グレンはそのうちの真ん中の扉の前にいた。しかし、振り返ったグレンの目には邪悪な光がある。手にするグランドリオンにも邪悪な気がまとわりついていた。
「グレン…!」
 リデルは思わず駆け寄りかけてなんとか踏みとどまる。その一瞬のすきをついてグレンが襲いかかろうとしたが、しゅっと空気を切る音がしてグレンの動きが止まった。
 細かく震える一本の矢が彼の袖と壁とを縫い付けている。振り返ったリデルが見たのはボウガンを構えた少女の姿だった。リデルの視線を受けて少女がにこっと笑う。
「これ、セイレーンっていう銘なの。母さんが昔、使っていたものだって。」
 解説する少女をしり目に、カーシュがリデルのそばに駆け寄る。
「リデルお嬢様、今のグレンには何を言っても言葉は届きません。戦うしかないのです。」
「でも…わたしにはグレンを傷つける事なんて…。」
 蛇骨館を旅立つ時にはなかった迷いが、グレンを目の前にして生じているらしい。カーシュがさらに言葉をかけようとした時、びりっと布地の裂ける音がした。グレンが自由の身となり、まだ気持の定まらないリデルに突進する。カーシュは振り返ると頭上に落ちてくるグランドリオンの刃を愛用のアクスで受け止めた。普段のグレンからは想像もつかないほどの重い斬撃に、我知らず歯を食いしばって耐える。そのまま数合を切り結んだが、次の叩きつけるような激しい一撃に後ろの壁まで吹っ飛ばされ、したたか背中をぶつけて息が詰まった。壁の突起で切ったのか、肩のあたりに血がにじむ。
 目の前で行われる攻防にリデルは声もない。グレンがリデルに標的を変えて向かってくるが、二人の間に少女が割り込んだ。グランドリオンの刃をセイレーンという銘のボウガンで受け止めようとしてただ一振りで素手になってしまう。少女の手を離れたボウガンは部屋の隅へ滑っていき、所有者はあまりの力にしりもちをついた。
 グレンの目が危険な光を放った。少女の上にグランドリオンを振り下ろす。
 リデルは思わず目をつぶった。
 キィィン…ッ!
 澄んだ金属音が響き渡った。リデルが恐る恐る目を開くと、少女は手の中の何かで刃を受け止めていた。グレンが目を大きく見開いている。
「う…あああああっ!!」
 グレンの口から絶叫がほとばしり出た。ふらりと少女から離れるとグランドリオンを取り落とし、頭を両手で抱え込んでしばらく苦悶していたが、やがて崩れるように倒れ込んでしまった。
「な…にが…起こったんだ?」
 呆然としてカーシュがつぶやく。少女はしばらくグランドリオンを見つめていたかと思うと、そっとその柄に触れた。リデルが息を飲んだが少女はけろりとして振り返った。
「もう大丈夫みたい。ちょっと予定とは違ったけど、ま、終わりよければすべて良しって事で。」
「予定って?」
 リデルが不審そうに聞き返すと、少女は手の中の小さな亀裂の入ったブローチを見せた。グランドリオンが振り下ろされる寸前、とっさに胸元から引きちぎって刃を防いだのだ。
「このブローチ、知り合いのおじいちゃんからもらったんだけど、グランドリオンと同じ、ドリストーンっていう石からできているの。そして、グランドリオンにグランとリオンが宿っているように、このブローチにも二人のお姉さんのドリーンさんが宿っているの。だから、うまくブローチをグランドリオンに接触させられたら粛正できるかなって思ってたのよ。」
「だからってあんな危ない事しなくたっていいだろバカ。怪我したらどうすんだ?」
 やっと動けるようになったカーシュが近寄って軽く少女を小突く。少女はカーシュを見上げてくすっと笑った。
「あれ、心配してくれてたの?」
 う、と言葉に詰まったカーシュを楽しげに見ていた少女の顔が不意にこわばった。視線を追ったカーシュもリデルも、その先にあったものを見てはっと緊張した。黒い霧のような邪気のようなものがそこに漂い、だんだんと人の形を形成していく。どこからともなく女の声が聞こえた。
『許さぬ…わらわの邪魔立てをするか…許さぬ…!』
「カーシュさん、グレン君を奥に運んで!取り憑かれたら厄介だわ!」
 少女の指示に従い、カーシュは未だ意識のないグレンの体を担ぎ上げて一番近い真ん中の扉から奥の部屋に走った。サイラスの部屋にあったのと同じ材質、同じ形の墓の前にグレンを仰向けに寝かせてすぐに引き返す。
 あの広い部屋まで戻ってぎょっとした。黒い霧が、今ははっきりと女の姿をしていた。まるで影のように全身が真っ黒で目鼻立ちは判らない。それがボウガンを拾い上げた少女とリデルの前で口をきいている。
『許さぬ…わらわはラヴォス神を復活させねばならぬ…ラヴォス神と共に永遠の命を得るのだ…邪魔する者は許さぬ…!』
「ラヴォス神?!まさか…あなたはジール女王?」
 少女が愕然とした様子で黒い女に呼びかける。リデルが目で問うと少女は簡単に説明する。
「ずっと昔にあった魔法王朝、ジール王国の女王よ。ラヴォスというのは、星に寄生し星のエネルギーを吸い取る宇宙生命体。ジール王国の人々はラヴォスのエネルギーを利用しようとして制御できずに滅びたの。」
「だったら、こいつは死んでいるはずじゃねぇのか?」
 二人の横に並びながらカーシュが話に加わると少女はジールから目を離さないまま答えた。
「ジール女王はラヴォスの影響で強力な力を得ていたらしいの。だから多分、体が滅びても精神が残るようにしていたのかも…。」
 なぜそんなに詳しいのかとカーシュは尋ねなかった。そんな場合ではないというのもあったが、それよりも先にジールの口調が変わってタイミングを逃したのもある。
『おお…あの者達が、あの男が邪魔しなければ、わらわは永遠となれたのに…何の力もない虫ケラども…特にあの男、一度はラヴォス神によって身も魂も滅ぼされたはずが、どんな手を使ったか知らぬがよみがえり、ラヴォス神に刃向かい続けたのだ…』
 少女がほんの少しひるむような様子を見せた。一歩、二歩と後ずさり、三歩目でようやく踏みとどまる。『許さぬ…わらわは邪魔をした虫ケラどもを許さぬ…!それを思い知らせる為、虫ケラどもの一人が手にしていたこの剣にわらわの精神の一部を乗り移らせ、呪いをかけたのだ…!』
 突然、ジールの影がぎらりと目のあたりを光らせた。
『おお、あの男のにおいがする…!あの男の気配がするぞ!そう…そこの小娘から…!』
 ジールは突進した。その先には動けずにいる少女がいた。とっさにカーシュは数歩踏み出しアクスを振るうが、実体のないジールの体を両断する事はできなかった。
「危ない!」
 リデルの警告が少女に飛んだ時、声に応じたかのように少女の足元から水が吹き出した。不意をつかれたジールはまともに高圧の水を浴び、吹っ飛ぶ。
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【140】其はいかにして魔剣となりしか  vol.5
 meg  - 08/6/6(金) 14:39 -
  
「やれやれ、人の墓の前で何を騒いでいるのかと思えば…まさかグランドリオンに呪いをかけるとはな。親子そろって強力な呪いの使い手だぜ。」
 三人の後ろから声が聞こえた。いつの間にかそこにグレンがいて、床のグランドリオンを拾い上げていた。カーシュとリデルはそれぞれの表情に戸惑いの色を浮かべた。彼らの知っているグレンとは明らかに雰囲気が違う。独り言のようにカーシュは問いかけた。
「誰だ、てめえ…?」
 一方、少女も混乱しているようだった。
「なんで…今のはウォータガ…魔法が使えるなんて…それに、墓って…?あっ、まさか…!!」
 音がしそうなほどのすごい勢いでカーシュを振り向く。
「カーシュさん、もしかしてこの奥にお墓がもう一つあったりした?!」
「あ、ああ、確かにあった。それで、その前にグレンを寝かせて来たんだ。」
「…じゃ、じゃあ…もしかして彼の体を借りているのは…。」
 少女は静かに彼の中にいる人物に呼びかけた。
「…グレンさん…?」
 こちらを見つめる相手を見返して少女は少し表情をほころばせ、他の二人の反論がある前に言葉を続けた。
「それとも、カエルさんと呼んだ方がいいかな。」
 返ってきたのは微笑みだった。
「好きにしてくれ。」
「どういう事ですか…?」
 ジールを気にしながらリデルが問う。そちらに向き直って少女は先ほどと同じく簡潔に答えた。
「今、彼の体にはさっきカーシュさんが言ってたお墓に眠っている人が乗り移っているの。サイラスさんの親友で魔王を打ち破った、彼と同じ名前の人がね。」
「まあ、そういう事だ。こいつはまだ覚醒しそうもないし、悪いとは思ったがしばらく体を借りている。」
 とんとんと胸のあたりを親指でつつきながらカエルは苦笑した。その顔が不意に険しくなる。
「さあ、中途半端な説明で悪いが、おしゃべりはこのくらいにしてあいつをさっさと倒しちまおうぜ。精神だけになっても憎悪し続けるほどの執念を持った奴だ、ここで倒さないとあんた達も一生呪われる事になる。」
 ジールはやっとの事で体勢を整えた所だった。身構えてジールから目を離さずに、カーシュが誰にともなく問う。
「だが、実体のない奴をどうやって倒すんだよ?さっきやったがアクスは効かなかった。剣もボウガンも同じだろうぜ。」
「確かに物理攻撃は効かないでしょうけど、他にもいろいろと方法はあるでしょう?」
 カーシュを横目で見て少女は軽く笑う。
『許さぬ…許さぬぞ…虫ケラどもめ…許さぬ…!!』
 もはやジールは憎悪の塊と化している。
「みんな、行くよ!」
 少女のかけ声と共に一斉に動く。突進するジールを白い光線が押しとどめ、室内にも関わらず竜巻が吹き荒れて押し戻す。そこへ高圧の水が叩きつけられジールは再び吹っ飛んだ。
「いっけええええ!!」
 三人の後ろで魔法を編んでいた少女が叫んだ。ジールの頭上に巨大な氷塊が現れ、ずしりと押しつぶす。強力な魔法により造られたそれは、実体のないジールさえも太刀打ちできず、霧の体は霧散した。
『なぜ…なぜ邪魔をする…許せぬ…。』
 ジールの呪詛に誰かの涼やかな声が重なる。
『邪悪なものに惹かれ、邪悪になったあなただけれど、夢見たのは多くの人間と同じく永遠の命だったのね…でもそんなのはあり得ないの。死のない命は生きていないのと同じ…。それに、どんなに純粋な夢でも、わたしの弟達に呪いをかけたあなたを、わたしは許しはしないわ。』
 その声が語り終えないうちに、ジールは今度こそ完全に消滅した。
「…つっ…かれたぁぁぁ…。」
 沈黙を破った少女は座り込んでいた。力が抜けたといった感じだ。カーシュが振り返って見下ろす。
「すげえじゃねぇか、あの氷の塊。あんなの初めて見たぜ。」
 その言葉に座り込んだままの少女がえへへ、と照れたような笑みを返す。
「わたしも初めてだったんだけどさ。」
「これで終わったんですね…もう誰も、グランドリオンの呪いで苦しむ事はなくなるんですね…。」
 リデルが泣きそうな声でつぶやく。
 カエルがグランドリオンを床に置いた。ぐるりと三人を見回して言う。
「そろそろ俺は行かなければならない。気がかりだったグランドリオンの事も無事解決したしな。感謝するぜ。」
 光に包まれたかと思うとグレンの体から力が抜け、慌ててカーシュが支える。そこには見知らぬ男の姿があった。ただし足は床についておらず宙に浮き、体は透けている。
 少女が感心したように男を見る。
「カエルさん、元の姿に戻れたんだね。」
「ああ、誰かさんのおかげでな。」
 カエルがふっと笑う。
「最後にまた会えて良かったぜ、マール。」
「え?」
 少女はきょとんとし、すぐにああ、と納得した。
「そっか、言ってなかったんだっけ、わたしの事。」
「何の話だ?」
 訊ねてから、カエルはふと、少女の後ろ頭で揺れる白いものに既視感を覚える。リボンにするにしては幅が広く長すぎるそれが何かを理解すると同時に、いたずらっぽい笑顔でカエルを見上げた少女は、簡潔に告げた。
「わたし、マールの娘です。」
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【141】其はいかにして魔剣となりしか  エピロー...
 meg  - 08/6/9(月) 14:48 -
  
「もう体の方はいいの、グレン君?」
 呼びかけられてグレンは振り返った。大陸出身の少女が微笑みを浮かべて立っている。その後ろの建物、パブの室内では、カーシュ達がささやかな祝杯を上げている頃で、にぎやかな声がもれ聞こえてくる。
 目覚めた時、見知らぬ町の宿のベッドに寝かされていて、リデルやカーシュが安堵の笑みと共に名前を呼んだ。霊廟でグランドリオンを手にした自分を、みんなが助けようとしてくれていた事を彼らから聞かされ、協力してくれたというこの少女を紹介された。グランドリオンがもう魔剣でなくなった事も聞いた。
 様々な事が解決された中で、けれどグレンは今一つすっきりできないでいた。あんなに嬉しそうにしているリデルを見るのは久しぶりで、カーシュもその事を本当に喜んでいて、そんな彼らにはどうしても打ち明けられず、独り物思いにふけっていた所だった。
 軽快な足取りでそばに寄ってきた少女は、少し顔を仰向けて、頭一つ分上にあるグレンの顔を覗き込んだ。
「元気がないみたいだけど、何か気にかかる事があるの?わたしでよければ聞くよ。」
 年下のこの少女から君付けで呼ばれている事には、なぜか腹が立たなかった。元気いっぱいといった感じなのにどこか大人びた雰囲気を持つこの少女になら、話しても大丈夫な気がした。少女の方を見ず、まっすぐ前を向いたままでグレンは慎重に言葉を口にした。
「グランドリオンを手にした時…大勢の人間の声が聞こえたんだ。なぜ自分は死んだんだ、なぜこんな目にあったんだ、そんな自分の運命を呪っている声が頭の中で響いて、気が狂いそうだった。」
 突然語り始めた事に驚く事もなく、少女はじっと耳を傾けていた。
「でも、そんな中で二つの声だけは別の事を言っていた。一つは、王国に平和を、と。もう一つは、友のため、仲間のために、と。その二つの声がなかったら、きっと俺は発狂していたと思う。その声だけを聞くようにしていたら、体が勝手に動いて…ここまでたどり着いたんだ。」
 北の方角に目を向ける。木々の間から月光を浴びて浮かび上がっているのは、無意識に目指していた勇者の墓だ。
「そっかぁ…。」
 どこか感慨深げに少女がつぶやく。にこ、と人好きのする笑顔をグレンに向けた。
「グレン君は、四百年前の二人の勇者の声を聞いたんだね。」
「勇者の、声…?」
「そう。」
 グレンの戸惑いにあっさりとうなずいて、数歩前に歩みながら少女が語る。
「グランドリオンは、手にする人の意志によって、強くもなり弱くもなる。人の意志に呼応する剣なの。だから今でも、彼らの声がまだ剣に残っていたんだわ。あの剣の精霊、グランとリオンが気に入った人達だからなおさらね。」
 くるりと振り向いて、もう一度笑う。その顔が、ふと陰った。
「ああ、だからだわ。あんなにもはっきりとジール女王の声が吹き込まれていたのは…意志に呼応するからこそなんだ。」
 悲しげな少女を見ていて、グレンも一つ思い出した事があった。あの剣が見つかったのは亡者の島の最奥。つまり、グランドリオンを手にして聞こえたのは、そこに渦巻く亡者達の声だったのではないだろうか。人の意志に呼応するからこそ、グランドリオンは魔剣になったのだ。
 まだ頭の中に残る呪詛の声が、少しずつ消えていくのをグレンは感じていた。そんな中、それまでは気づかなかった聞き覚えのある声がかすかに、だが力強く叫ぶのが聞こえた。
 友をこの手で殺すくらいなら、自分が死んでもかまわない!
「兄貴…。」
 無意識につぶやいた言葉を聞いた少女はきょとんとしたが、気にしない事にしたのかすぐににこっと笑ってグレンの袖を引っ張った。
「わたしお腹すいちゃった。何か食べようよ。」
 月明かりの下で、少女の青い瞳が銀色に輝いている。そこに自分の姿が映っているのを見下ろして、グレンはふ、と口元をほころばせた。
「なぁ、勇者の事をやけによく知っているんだな。もう少し詳しく聞かせてくれないか。」
 幼い頃、父にさんざん聞かされた、自分の名前の由来。今までは重荷でしかなかった。しかし、声を聞き、少女の話を聞いて、何か惹かれるものがあった。彼らの事を知りたくなった。
 少女は二つ返事で了解し、パブへと戻りながらどこから話そうかと思案している。グレンはもう一度勇者の墓を振り返った。グランドリオンを手にし、中世で活躍した二人の勇者。彼らが安らかに眠る場所。もっと早くに来ていれば、兄の最後の願いを叶えられたかもしれない。
「グレンくーん、早くおいでよ!」
「今行く!」
 答えてグレンは少女の方へと歩みを進めた。
         Fin
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【142】あとがき。
 meg  - 08/7/5(土) 16:06 -
  
 「トリガー」の中世の雰囲気が好きです。
 特にグランドリオンの一連のイベントは気に入っていたので、クロスプレイ時には「魔剣?!」と多大なショックを受けました。せめて納得のいくエピソードをと考えたのがこの作品です。
 舞台設定としては、アナザーの方の真エンディング後で、仲間達はセルジュとの冒険を忘れているという事になっています。というのは、エンディングでのキッドの独白から推測してそうなのではと、私が思っただけですが。
 なぜアナザーにしたかというと、セルジュの旅には不参加の少女が、セルジュと同じ世界にはいないのではないかと考えたからです。あと、シルベーラは、ルッカが“時を渡る翼”を元に、飛行機能を重視して造ったという設定。そうでないとエルニドから出られないからね。
 「運命」のいなくなったアナザーワールドの人々、とりわけセルジュと関わった人々にとって、“彼女”はセルジュにとってのキッドと同じく外の世界へと誘う存在だと思います。「運命」によって閉鎖空間となっていたエルニド。「運命」の消滅後は、それまでよりも大陸との交流が深まることでしょう。
 …ところで、個人的に“少女”の事をもう少し書きたくなってしまったのですが(汗)。という訳で、外伝作りました。こちらも読んでいただけると幸いです。
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【143】其はいかにして魔剣となりしか  外伝
 meg  - 08/7/5(土) 18:27 -
  
「リデルお嬢様?」
 呼ばれてリデルは振り返った。カーシュがこちらへ近づいてくる所だった。いたずらが見つかった子どものようにリデルが少し笑う。
「見つかってしまいましたね…。」
「どうしたんです、こんな遅い時間に外に出るなんて。今日はいろいろあった事だし、早めにお休みになった方が…。」
 カーシュの言葉を遮って、リデルはぽつりとつぶやいた。
「あの子と、言い争いをしてしまったのです。それで、少し頭を冷やそうと思って。」
 あの子、というのが彼らをここチョラスまで運んでくれた少女の事を指しているのは明白だった。カーシュの眉が急角度に跳ね上がる。
「なにい、あの小娘、お嬢様にどんな失礼な事を言いやがったんですか?!」
 最初から悪いのは少女の方と決めてかかっている。憤然として発した言葉は、リデルによって打ち消された。
「いいえ、私が悪かったの。」
「え?」
 怒りの矛先を失って、カーシュが間抜けな声を出す。遠くを見つめて、リデルは小さくつぶやいた。
「私が、なぜあんなにもグランドリオンの呪いに執着していたのか、尋ねられたのです。だから私は、ダリオの事を話した…。」
 息を飲む気配。背後のカーシュが今、どんな顔をしているのか、前を向いたままのリデルには判らない。
「そうしたら、まだ半分も話し終えないうちに、あの子、恐い目をして言ったんです。あなたは贅沢だ、って。」
「贅沢…?」
 おうむ返しにカーシュが訊き返す。
「ええ。大陸の方では、パレポリが起こした戦のために、肉親と生き別れになったり、死別したりした人は大勢いるって。そんな人達でさえ、今は日々の暮らしを精一杯生きているのに、あなたは自分の立場をいい事に、周りの心配や気遣いにもかまわず自分の悲しみに閉じこもっているって。」
 そっと自嘲の笑みを浮かべ、うつむくリデル。
「その時はかっとなって、あなたに何が判るの、なんて言い返してしまったけれど、よく考えてみればその通りだったと思うんです。今まで私は、自分の事ばかりだった。一番辛かったのは家族を亡くしたグレンのはずなのに、グレンは私ほど長く悲しんではいなかった。カーシュ、あなただって、目の前でダリオを失ってショックだったはずなのに、むしろ私の事を気遣ってくれていた。父上にも、心配をかけてばかりで…。」
 振り返ると、複雑な色をしたカーシュの目と視線がぶつかった。いつの頃からか、カーシュは今のような様々な思いの混ざった目をして自分を見ていた。リデルにはそれが何なのか、想像もつかないのだけれど、少なくとも心配してくれているのだという事は判った。
「だから、決してあの子を怒ったりしないで。あの子は間違った事は言っていない。周りに甘えていた私の目を覚ましてくれた、ただそれだけだから。」
「まあ、お嬢様がそう言うなら、やめておきますけど…それにしても、言葉がきつすぎじゃないですかね。」
 自分が言われたかのように怒っているカーシュに、リデルはくすりと笑みをこぼす。
「いいんです。代わりにあなたが怒ってくれているから。」
「え、いや、そ、それは…。」
 思いがけない言葉にうろたえ、照れたカーシュは耳まで真っ赤になったが、夜の闇に紛れているためリデルは気づかない。
「明日はちゃんとあの子に謝らなければいけませんね。もう乗せてあげない、なんて言われたら、エルニドに帰れませんから。…話を聞いてくれてありがとう、カーシュ。私、もう部屋に戻りますね。」
 おやすみなさい、と言ってリデルが平屋造りの宿の中へと姿を消し、カーシュは反射的に挨拶を返してそれを見送った。するとそこへおどけたような声が降ってきた。
「どうしてそこで気づかないのかなぁ、リデルさんは。」
 ぎょっとして辺りを見回したカーシュは、宿の屋根の上に人影を見つけて二度驚いた。ずいぶん距離があったのだが、目のいいカーシュにはその人物がリデルとの話題に出ていた少女だとしっかり見えていた。
「てめえ、小娘、そんな所から盗み聞きを…。」
 言いかけた言葉は途中で途切れてしまった。怒声を聞き流して月を見上げた少女が、独りぼっちの迷子のような瞳をしているのを見てしまったからだった。出逢ってからずっと、笑顔を絶やさなかった少女。リデルとの言い争いの際恐い目をしてみせたというが、少女のそんな様子が今さらだが想像できなかった。
 こほん、と意味のないせき払いをして、改めて少女に呼びかける。
「なあ、一つ訊きたいんだが…。」
 少女が誰であるのか判らないといったように、ぼんやりとこちらを見下ろしてくる。しかしそれも一瞬の事で、身軽に屋根から降りてきた時には笑顔が復活していた。
「なあに、カーシュさん。」
「バカ、危ないからわざわざ飛び降りて来なくても…って、そうじゃなくてだな…明日、俺達をエルニドまで送った後は、どうするつもりなんだ?」
 少女がちょっと首を傾げる。なぜそんな事を訊くのか、と訊ね返されたらカーシュも答えに詰まるのだが、少女は素直に答える事にしたようだった。
「そうね…ちょっとだけエルニドを観光しようかな。その後は、また父さん達を探しに行かなきゃね。」
 虚空を見つめる真剣なまなざしと、リデルとの会話にあった言葉が重なってはっとする。そんなカーシュの考えを読んだかのように少女は続けた。
「そう、わたし、父さんと母さんの顔知らないんだ。赤ちゃんの頃に離ればなれになっちゃったから。父さん達はよんどころない事情で帰って来れないみたいだし、だったらわたしから会いに行こうかなっ、て。」
 言うべきなのかとしばらくためらい、カーシュはできるだけ重く聞こえないように注意しながら問いかけた。
「どこにいるとか、安否とかも判らないのに、か?」
「判らないからこそ、よ。」
 意外にも、きっぱりとした答えが返ってくる。
「わたしが探さなきゃ、ほかの誰も探さない。確かな事が判るまでは、探し続けるわ。父さん達も、わたしが無事だって事、知らないだろうしね。」
 振り向いた少女は、安心させようとしたのか微笑んでいた。
「やだなあ、カーシュさんがそんな顔しなくたっていいじゃない。わたしは大丈夫だからさ、父さん達を信じているから。」
「だがよ…パレポリを恨みたくならねえか?」
「別に。今さら歴史の流れを嘆いたって仕方ないもの。わたしは今生きているんだし、今やれる事を精一杯やるだけよ。」
 笑顔さえ浮かべて少女は宣言した。
 やっと十代半ばに手が届いたくらいの少女が、たった一人で、生きているかも判らない両親を探し続けている。原因となったパレポリを憎む事もなく、ただ両親の無事だけを信じて…。その笑顔を見下ろしながら、思わずにはいられない。この少女の青い瞳が見つめる先に、何が待っているのだろうかと。
 やりきれない思いが胸を占める。少女は少し困った顔をしてカーシュを見上げていたが、やがてこちらに背を向けて歌いだした。優しいメロディと愛おしさに満ちた言葉が、透き通った少女の歌声となり、夜の町に静かに響く。一通り歌い終わると、思わず聞き惚れていたカーシュに微笑みかけた。
「母さんが、父さんに贈った歌なの。昔、父さん達が旅をしていた頃に、一度父さんが無茶をして瀕死になった事があって、その時母さんが父さんへの思いを歌ったんだって。小さい頃に、母さんの親友の博士が教えてくれたの。」
「…何でそんな歌を今歌うんだ?」
 尋ねると、微笑みが少しいたずらっぽい雰囲気を帯びた。
「カーシュさんを元気づけてあげようと思って。」
 励まそうとしていたのはこっちのはずなのに、逆に励まされている。カーシュは眉間にしわを寄せたが、不快という訳ではなかった。
「ふん、生意気言ってんじゃねえぞ小娘。」
 言葉は荒いが口調は落ち着いていた。ふふっと少女が笑う。
「さて、そろそろ寝ないと明日起きられなくなっちゃう。部屋に戻った方がいいよ、カーシュさん。」
「てめえはどうすんだよ?」
「今戻るとリデルさんと鉢合わせしちゃうからなあ。シルベーラで寝るよ。」
 苦笑する少女を見て、二人が喧嘩中だった事を思い出す。呼び止めて説得する事もできたのだろうが、その前に少女はさっさと愛機に歩み寄っていってしまった。肩をすくめると、カーシュは助言に従う事にする。
 宿の扉に手をかけた時、ふと思った。リデルは少女の歌を聞いていただろうか。もしそうだったとして、歌が歌なだけに妙な勘違いをされるのではないか。そんな事を考えて少し青ざめるカーシュなのだった。
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