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闇夜を照らすのは、炎。
燃え盛る炎が、大切なものを、人を、思い出を飲み込んでいく。その様子を背景に、がっしりとした体格の獣顔の男がゆっくり近づいてくる。
逃げなければ。けれど、限界を超えた体は地面に伏したまま動かない。
「おまえの実力はそんなものか。落胆したぞ。」
嘲られても、声を出す気力もなくただ唇を噛み締めるだけ。意識が遠くなる中ふと、あの日別れた仲間たちの声が耳によみがえる。
<おまえ、頭いい。だからクロ達に知恵貸す、二人守る!エイラと約束!>
<あの二人はそろって無茶なことをしでかすかも知れん。その時、おまえがあいつらを制してくれ。>
<アナタならきっと、この国を良い方向へと導くブレーンになれマス。おフタリを、どうかよろしくお願いしマス。>
ごめん、みんな。わたし、自分を守ることさえできない。絶望的な気持ちで目を閉じる。
「ねえヤマネコ様、こいつどうする?」
道化師の格好をした少女が鈴の音をさせながら男に問いかける。ちりん、というかすかな音を妙に敏感に聞き取れたことにどこか違和感を覚え・・・そして気づいた。
意識がーー戻ってきている。でも、どうして?この男に、再起不能なまでに叩きのめされたはずなのに。
それはあとで考えても遅くない。今はここから逃げなければならない。この男は強すぎて、わたし一人では倒せないから。逃げ道はすでに考えてある。あとはすきを突くのみ、チャンスは一度きりだ。
そのとき、家のほうからどおんという何かの落下音が聞こえ、二人がそちらを振り返った。
今だ!
がばと跳ね起き、計画どおりに柵に向かって走り出す。少女が気づいて男に知らせる声が聞こえる。気にせず柵を足がかりにして跳躍した時、男が黒いエネルギー体をこちらに放つのが見えた。冥の魔法に似たその攻撃に対抗するすべはなく、空中にいるために避けることもできずに直撃を受けてしまう。そしてそのまま、海の渦の中へと吸い込まれていった。
「バッカじゃない、あいつ。渦を巻く海に飛び込むなんて、自殺するようなもんじゃないの。」
夜であるために闇色をしている海に向かって少女が嘲笑する。
「愚かな事を・・・しかし、これで手間が省けた。計画は予定通りだ。」
独り言のようにつぶやくと男はきびすを返し、そばの少女とともに夜の闇に溶けるように姿を消した。
しかし彼らは知らなかった。あの渦が実はある洞窟の湖につながっているということを。
やけに水の音がうるさくて目を開くと、洞窟の中にいた。うるさいはずだ、後ろでは天井から水が流れ落ちて滝となっているのだから。
あたりを見回しながら立ち上がる。体のあちこちに傷やあざがあって時々痛むけれど、我慢できないほどじゃない。
ところで、ここはどこだったかしら。わたしはどうしてここにいるのかしら。
わたしは・・・誰だったっけ?
すべての記憶が抜け落ちていることに気づき、彼女は途方に暮れた。何気なく胸のあたりに手を置くと、服の下に身に付けていた硬い物に触れる。
取り出してみると、お守りのようなものが出てきた。樹脂を固めて作ったらしい、シンプルだけどきれいな淡い色をしたお守りは、なぜか無数のひびが入っている。壊れてしまったようだ。
緑の夢。
ふとそんな単語が頭に浮かんだけれど、それがどういう意味だったかは思い出せない。それでも、彼女は無意識に微笑んでいた。大切そうにもとのようにそれをしまい、もう一度あたりを見回して出口の見当をつけると、そちらへ向かって歩き出した。
(Fin)
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