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第20話「低軌道会戦・前編」
「…ストライクめ。この痛み…思い知らせてやる。」
イザークは右目を覆う包帯に手を当て、その怒りを露にした。
隻眼というハンディキャップすら、彼の怒りの前にはものともしない。新たに整備されたゲイツ・アサルトソード。
シールドビームクローだけではない、対艦刀はストライクの装備を参考にヴェサリウスのチームが完成させた。接近戦での不利を克服する為に開発されたこの装備をもって、彼は戦いに臨む。
「ザラ隊長、全軍出撃しました。我々も向かいましょう。」
「アデス艦長、こちらの準備も整いました。ヴェサリウスは深入りしないでください。」
「…健闘を祈る。」
「…ツィーグラー、発進!」
アスランの乗るツィーグラーが動き出した。
連合艦隊は一時的にシャノン・オドンネルの指揮に入った。これはハルバートンが彼女の提案を受け入れ、10分間を彼女の自由に任せたからだ。
しかし、彼も無条件に全てを与えたわけではない。10分という時間の制約の他に、アークエンジェルの前進を認めなかった。その代わり自軍の艦艇の指揮権を認めた。
「…着たわね。戦争が機動力のみで決まると思ったら大間違いよ。戦争の本当の恐ろしさを見せてあげるわ。」
ジェインウェイは作戦室から矢継ぎ早に指示を出した。連合艦隊にはアークエンジェルを中心にV字型の陣形を採り、艦隊火力ロスを出さない横一列の隊列にした。そして、アークエンジェル後方にはシャトルアーチャーが待機し全軍の指揮命令の中継をさせる。
上方の空間にはフラガ大尉のメビウスを中心にフライを4機と艦隊のメビウスを全機回した。下方の空間にはストライクとデュエルを配置。
あえて空いた空間を作ったのは重力空間への誘い込みを兼ねてのものだ。
「…何だよ、あの陣形は。あからさまに下へ来いって言ってるだろ。」
バスターでMS部隊後方から支援砲撃ポイントで待機を始めたディアッカが思わず言った。
実際、誰がどう見ても「下へ来い」と言わんばかりの陣だ。
「…どうします?あれ、乗るかそるかで言えば…乗っちゃだめですが、イザーク行きましたよね。」
「はぁ〜…ニコルは上へ行け。オロール達を引っ張ってくれ。俺はあいつの支援をする。」
「了解。ディアッカ、あなたはイザーク思いですね。」
「へん、笑ってくれ。腐れ縁は腐っても縁だってな。」
「…死なないでください。」
「お前もな。」
ニコルはイージスを変形させ上方のジンの編隊の先頭へ出た。
メビウスからの攻撃が始まる。一定の防衛ラインが突破されたのを合図とするかの様に一斉に射撃が始まった。それらは先頭を走るイージスを集中して狙う。
「そんな玉、いくら出しても意味有りません!」
スキュラを放つ。しかし、瞬時にメビウスはその射線上を避け、執拗にイージスへの攻撃を続けた。それはまるで攻撃されるのが分かっていたかの様に、彼らの攻撃はこちらの攻撃の一歩手前で判断している様に感じられた。
「ストライク!!!!」
イザークは目標を認めた。艦隊下層で陣取るストライクとデュエル。二機はゲイツが向かってくるのを見て呼応する様に前進する。
丁度艦隊前衛周辺まで来た彼らは先にデュエルが小型ミサイルを放って牽制する。だが、イザークはものともせず対艦刀で迫り来るミサイルを切り裂いて突き進む。
それを後方からバスターが支援。
「イチェブさんはバスターを。僕はあのブルーをやります。」
「…わかった。」
イチェブは同意するとすぐにバスターへ向けてバーニアを吹かす。
交代する様にシュベルトゲベールを構えたストライクがイザークへ対峙する。
それを見て舌舐めずりをしイザークは突進した。
ソード同士が衝突する。激しい火花を散らせジリジリと互いを牽制し合う。
「ストライク!この痛み、晴らさせてもらうぞ!」
「…ぐぅ!新装備か。」
メビウス・ゼロは敵側の攻撃部隊がまっすぐにこちらへ向かってくるのを認め、全メビウス隊に一斉射撃を命令する。
近接信管のミサイル群は敵MSとの交差面手前で爆発する様にセットされているが、敵側もそれに即座に対応して来ていた。
彼らは先頭のイージスを中心に縦列を組んでいる。しかも、イージスのスキュラは対艦攻撃に使える程の出力があるため、おいそれとその正面に陣取る事が出来ない厄介な武装だ。
唯一の救いはこちら側の管制が相手側より「一歩早い」ことだ。
「…こりゃすげーや。先読みしている。いくら強くっても、当たらなけりゃ意味ないよね。」
メビウス部隊はアークエンジェルCICより逐一敵側の攻撃情報が伝えられていた。そして、その情報にオートで回避運動が出来るシステムが組み込まれていた。システム管制を担当しているのはセブンだ。
「…空間グリッド51394の722α、スキュラ起動、射線軌道51393の722β修正、回避α1クリア。艦隊主砲発射角865修正、発砲、敵ジン左腕部損傷、程度D支障無し。…」
彼女は黙々と作戦室のジェインウェイのそばで処理していた。
メネラオス艦橋ではハルバートンが目視は勿論、モニター上の情報を見て驚いていた。彼のこれまでの戦闘経験からすれば、下層のMSが互角に対応していることは納得しても、上部のメビウスでは物の数に入らないと思っていた。
しかしどういうことか、メビウス部隊は艦隊の火力を利用して善戦している。しかも現在まで損害ゼロである。
こんな戦いは一度も見た事が無い。
「…閣下、私は夢を見ているのでしょうか…。」
側近のホフマン大佐がシートの隣で、前方から視線を逸らさず直立不動のまま尋ねる。
「…夢だとすれば、随分良い夢じゃないか。出来れば覚めないで欲しいものだ。」
「…全くです。しかし、オドンネル女史は…とんだ怪物ですな。あ、これはオフレコですよ。彼女に知られたら食われそうだ。」
「はっはっは、私もそれを思った。いやはや、我々は今まで一体何を考えていたのだ。戦争のいろはは情報だ。Nジャマーがなんだ。彼女は個人のビジネスで解決してみせたではないか。我々がコーディネイターに劣るという幻想は終わる時が来た様だ。」
「…そのようですな。」
ハルバートンはしばし考えを巡らすと、彼女に前命令を取り消して暫くの間制限無く戦闘させてみる事にした。
アスランはツィーグラーをゆっくりとジンの後方から前進させていた。
艦砲での支援をしつつ全体を俯瞰する。
「…(下層の方は連携をしてくれている。問題は…馬鹿にしてくれる。雑魚と思っていたメビウスに当てられないだと。よし。)ニコル、君は艦を叩け。ジンは各自散開しメビウスを多方面から攻撃。突破が無理なら各個撃破だ。」
アスランの命令後、ジン部隊が散開し隊列を解いた。多方面に別れて攻撃を始めたジンに対し、メビウスも散開すると編隊を組んで各機体をまるで役割分担が決まっているかの様に整然と攻撃し始める。
普段ならば敵ではないはずのメビウスが機械的な程に精密に飛んでくるのだ。ジンに乗るZAFTのパイロット達もこのようなメビウスの挙動は見た事が無い。
しかし、コーディネイターはその動きにも対応出来る柔軟さがある。機体性能はこちらが上ならば冷静に動けば良い。オロールを中心にジン同士も連携してメビウスを一機ずつ標的を絞り攻撃を始めた。
以前の彼らならばこのような無様な戦いは選択しなかっただろうが、さすがの彼らも学習した。
メビウスが撃墜され始める。…とはいえ、ようやく損害を互いに出し始めたというのが正しい状況判断だろう。
その動きは作戦室に座るジェインウェイも認めていた。
「…押してくるわね。強者は弱者の真似事はしないのかと思っていたけど、それほど愚かじゃないのね。良いわ。そんなにデートがしたいなら、こちらが行ってあげるまでよ。全軍微速後退!」
艦隊がアークエンジェルを除いてゆっくりと後退を始めた。
それは逆V字を描く様に徐々にアークエンジェルが全面に立つ格好となっていく。そして、それと同時に全軍の攻撃が後方支援射撃となりアークエンジェルを中心に壁となった。
敵側の動きを見てアスランはツィーグラーを全速力で噴かし、出せるだけの攻撃兵器を使って前進する。
MS部隊の攻防は膠着状態を続けていた。ストライクとゲイツの戦闘は勿論、バスターとデュエルの戦闘も決着がつかない。特にバスターは対艦刀を持って参戦していた。本来なら長距離攻撃機であるバスターが接近戦に対応しているのである。
バスターが牽制射撃を放っても、デュエルは小型ミサイルで迎撃し迫る。それを対艦刀で振り払うの連続である。
戦闘時間もこれまで経験していた時間を大幅に越えている。手数も多い分さすがにエネルギーの限界の方が近い。しかし、それは相手も同じはずだと考えていた。だが、相手側は一向に手を抜く隙を見せない。
「…やばいな。」
ディアッカはこのままでは勝てないことは想像出来た。しかし、アスランは撤退命令を出さず、ニコルもメビウスに振り回されている。ここで冷静に判断出来るのは自分以外には居ないと思えた。
だが、果たしてこのタイミングが正しいのかは判断しかねた。
ゲイツのエネルギーはバスターよりは持つが、イザークは冷静ではない。しかも、気のせいでなければ、足付きは高度を下げている。
ほんの僅かずつで誤差の範囲の様に錯覚するが、数値上はゆっくりとだが確実に下げているのだ。このままだと押しつぶされかねない。
「艦長、敵ボスゴロフ級が突っ込んできます。」
「ローエングリン照準!敵、ボスゴロフ級!」
「このままでは撃てても破片は…」
アークエンジェル艦橋では目視でツィーグラーが迫るのが見えていた。
最初は交差する軌道を描くと思われていたツィーグラーが、唐突に衝突軌道へ変更したのだ。
後退しながら射角を取る。
「丁!」
「…ここまでくれば、確実だ。」
アスランがコックピットの中で不敵に笑った。
ローエングリンがツィーグラーを貫く。しかし、爆散しつつも大きな破片がそのままアークエンジェルへの衝突コースを描いた。
作戦室でジェインウェイが叫ぶ。
「フラガ少佐、今よ!リミッター解除!」
「ほい、来た!リミッター解除!」
ゼロのガンバレルのリミッターが解除されリニアガンが収納されると、新たな砲芯が現れ発砲する。
濃い橙色の光線が走り、4基のガンバレルが大型の破片に向けて次々に攻撃すると、それらは粉々に破砕され消滅した。
「ヒューーー!ビーム兵器ってのは良いねぇ。しかし、おっそろしい破壊力だ。」
「大尉、ナイスタイミングよ。」
ツィーグラーは消滅した。
この事に作戦の失敗が濃厚となったZAFTは浮き足立ち、士気が乱れ始めた。
ジンがメビウスに押され始めるのを見てディアッカが後退命令をだそうとしたその時、ゲイツステルスに乗ったアスランがステルスを解いて宙域に現れ後退命令を出す。
だが、メビウスは食らいついた様にジンを離さない。
ニコルを支援に回そうにも彼もゼロとフライの連携に遭い、動けそうになかった。イザークは相変わらずストライクに執心している。額から汗がこぼれた。
「アスラン!幾ら何でも一方的じゃねぇか!!!」
「そんなことは分かっている。お前も見ただろう!あんなもの、あれに付いている兵器のレベルじゃない!」
「だけどよぉ!!これじゃ、あんまりじゃねぇか!!!敵さんは今回は逃がす気ねぇぞ!どうするんだ!」
「逃げ道は俺が作る。ニコルを回すから、お前はイザークを何とかしろ。」
アスランがそう言って通信を切った。しかし、彼にだって何ら目算等無い。ツィーグラーを消滅させたあの光線を見ては、さすがの彼もゾッとしていた。
陽電子砲に破壊光線…次は何が出てくるのだろうか。
足付きは不思議のデパートである。そして、それが連合の新装備として全軍に行き渡った日には…自分達に明日はあるのだろうか。まるで悪夢だった。
だがその時、センサー範囲に未確認の機体が確認された。
セブンはその情報を分析するが、こちら側の予想データの標準値から大きく5倍以上の出力で迫っているため、CEの兵器群では対応出来るスピードではなかった。
「社長、通常出力の5倍のゲインを持つ機体が急速に宙域に接近している。識別は分からないが、技術標準はZAFTのものの様だ。」
「新型にしては速度が異常ね。どうなっているの。」
「…制限付きのこちらのコンソールからでは難しい。」
「分かったわ。」
ジェインウェイは耳のコミュニケーターに触れた。
「ジェインウェイからトゥヴォック。シャトルのコンピューターで見ているかしら。あれは何?」
「こちらトゥヴォック。こちらでも捕捉しています。確認出来た事は、出力がストライクの5倍はあります。そして、Nジャマーが不自然な反発を見せているのが確認出来ます。」
「反発?」
「はい。機体を中心に同心円範囲に球状の斥力フィールドを発生させた様な印象です。」
「それって、まさか…」
艦隊前方ZAFT艦隊より更に深い後方から急速に何かが飛来した。
「フハハハハハハ、お待ちどうさまかな諸君。私は帰って来たよ。」
仮面の男は不敵に笑みを浮かべ、友軍機へ識別信号を送った。
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