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【22】黎明 (前) 冥香 06/4/21(金) 13:51

【23】黎明 (後) 冥香 06/4/21(金) 15:22

【23】黎明 (後)
 冥香  - 06/4/21(金) 15:22 -
  
 「これを見てみろ」
 膝に抱いた荷を、彼は示した。顔のわりに大きな目が、不思議そうにそれを見つめる。
 「……苗木?」
 命の賢者と呼ばれた者が遺した、比類ない生命力を宿した苗木。
 未だ狭く小さなこの街が、人の世界のすべてであるようなこの時勢に、何を思ったか金銭目当てにこれを盗みだした者がいた。街の長らに頼み込まれ、彼はこれを取り返してきた帰りだった。
 「ただの苗木ではない。この小さな苗が、やがて不毛の大地を森に変える。もっとも、それは一万年以上も未来の話ではあるが」
 「へえ、すごい!」
 男の子は、実に子供らしく驚きを表した。話の内容よりも、むしろ初めて彼の「予言」に触れたことに興奮したようだった。だが当の予言者は、表情をより厳しいものに変えて子供を見やる。
 「だが、不毛の地に巣食う魔物を斃さねば、苗を植えることすら叶わぬ。自分が正しいと信じるものを、ただ耐えて守ることも大事ではあるが、ときには戦うことも必要なのだ。解かり合える相手と、そうでない相手を、見誤ることのないようにな」
 それは、彼自身の苦い経験から出た言葉であったが、そこまでは幼い聞き手に汲み取れるはずもない。
 それでよい。と、彼は思う。
 前途ある者には、希望だけを見てほしい。やがて必ず訪れるであろう苦難に立ち向かう糧となるものは、絶望ではなく、希望であるべきなのだ。

 話に聞き入る男の子の瞳を、彼は覗き込んだ。かつて見た青空を想わせる、澄んだ、美しい瞳だ。蒼天の下を、彼が共に旅した者たちの瞳とも共通する力強さを、それははっきりと宿している。
 「お前は、戦うことができるか?」
 力強く、少年はうなずいた。

 ならば託そう。未来から受け継ぎ、また未来へと繋いでゆくべき「想い」を。

 「持ってゆけ」
 「……え?でも」
 苗木を押しつけられて、男の子は困惑した様子で押しつけられた物と押しつけた者を見比べた。偉大な予言者さまは、すでにベンチから腰を上げ、マントの埃を払っている。
 「かまわない。持つに相応しい者に渡したと、長どもには伝えておく。……日が暮れる。今日はもう帰ったほうがいい」
 さっさと背を向けて、彼は去ろうとする。

 「おじちゃん!」
 不意に、マントの背に声が弾けた。満面に不満と不機嫌を浮かべて、彼は振り向いた。その様子に頓着することなく、声の主は手を振っている。
 「また、うちにも来てよ!おじちゃんが来ると、アルが喜ぶんだよ」
 その言葉に、微かに彼の表情が緩む。
 「そうか、アル……は、元気か?」
 「うん。でも、なんでかなぁ。アルはボクにしか懐かなかったのに」
 悔しそうに頬を膨らませる男の子を、くすぐったい気持ちで彼は見つめた。
 「では、近いうちにお邪魔させてもらうとしよう。……アルによろしく」
 そういい残し、今度こそ彼は歩み去った。「またね、おじちゃん!」という声には、聴こえないふりを決め込んで。

 かつて、彼があの子と変わらぬ歳の頃、唯一心を許せる存在だった友は、新しい主のもとで、新しい名を与えられ、新しい生活を、おそらくは幸福に送っている。
 幾ばくかの寂しさと、それを上まわる嬉しさを人知れず噛みしめながら、彼は本来の目的地へと急いだ。

 いつの間にか空は晴れ渡り、滅多に見ることの叶わぬ見事な夕焼けが、雪の街を照らし始めた。街長の家が目視できる頃には、彼の瞳と同じ色の紅い空が、彼の髪と同じ色の銀世界を、燃えるような薔薇色に染め上げていた。

 夕焼けは、天に浮く大陸にも訪れた。
 銀世界は、遥か往古から変わらない大地の姿だ。

 光と地、どちらが欠けても創り出すことのできぬ、それは芸術であると、彼は思った。
 「題を付けるならば、『共存』……というところか」
 呟いて、柄にもないと思ったのか、彼は鼻で笑った。街長の家の番が、その様子に首を傾げたが、彼は意に介さず門をくぐった。


                              了


ごあいさつ

こんにちは、懲りずにまた来ました。
冥香です。

さて、ここまで読んで下さった方はお気づきでしょうが、このお話、タイトルは「黎明」なのに、場面は「黄昏」です。
どうしても「大崩壊」後の古代の、夕焼けの美しさを描写してみたかったのですが、紅の日が雪の大地を照らすという現象に、二つの民族の共存する「新しい時代」=「黎明」というニュアンスを感じ取っていただけたらなぁ……、というわけでして。実はちょっと表現力に自信がないのですが……。

このお話、実は管理人REDCOW様の「CP3シーズン1」を読んでいるときに思い浮かんだものです。
魔王による争乱が収まった後も、わだかまりを解くことのできぬ人間と魔族。それに翻弄されながらも、共存の糸口を探ろうとするカエルやフィオナたち。
「大崩壊」後の古代にも、光の民、地の民のあいだには簡単には解けないわだかまりがあり、それを解きほぐそうと奔走する者たちがいたのではないか……。
などと考えるうちにできあがったものが、この「黎明」であります。
REDCOW様の足元にも及ぶものではありませんが、共通するものを少しでも感じ取っていただけたら、うれしいかなぁ……なんて(恐縮)

異常にあとがきが長くなってしまい、申しわけありません。(悪い癖です)
それではこのへんで。
またお会いしましょう。お絵かき版のほうにも、出没するかもしれません(笑)
引用なし
パスワード
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