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「こんにちは。今日は天気がいいわね。」
あり得ない所から挨拶されて、リデルは驚いて振り向いた。テラスの手すりの向こうに見た事のない白い乗り物が宙に浮かんで、そのハンドルを握る少女がにこやかに笑いかけながらこちらを見ていた。
青空に映えるオレンジ色の髪は後頭部で一房だけを白いリボンで束ねてあり、あざやかな緑色のボレロの前を赤い石がはめ込まれたブローチでとめている。白いシャツにボレロとおそろいのハーフパンツ、左手にブレスレットをして足元は革のサンダル。謎の乗り物に乗っている事を除けば、いたって普通の少女だ。
リデルが呆気にとられて言葉が出ないでいると、少女は再び話しかけて来た。
「こんな立派なお屋敷って、わたし初めて見たわ。ここってあなたのおうちなの?」
「え、ええ…。」
遠慮がちに返事をすると、少女は目を輝かせた。
「すごい、あなたってお嬢様なのね!エルニド諸島で初めて出逢った人がお嬢様なんて、とっても素敵!」
無邪気にはしゃいでいる少女を見ていて、リデルも思わず笑みがこぼれた。少女の方へと近寄りながらこちらからも話しかけてみる。
「エルニドで初めて、って事はあなたは大陸から来たのね。エルニドには何をしに来たの?」
少女は一瞬きょとんとしたが、すぐ何かに思い当たってぽんと右の手のひらを左の拳で打った。
「忘れるとこだった。探し物があったんだわ。この海域のどこかにあると聞いて来たんだけど…。」
ちょっと考えて少女はリデルに問いかけた。
「ね、このお屋敷に宝物庫ってある?」
「ええ…あるにはありますけど。」
「じゃあ、そこに剣とか置いてない?」
「さあ…わたしは宝物庫に入った事がないので判らないのですが…。では、あなたが探しているのは剣なのですか?」
少女はこくりとうなずいた。
「そうなの。実はね、伝説の名剣…グランドリオンを探しているの。」
リデルが剣の名を聞いてはっと息を飲んだと同時にテラスと室内を隔てる扉が勢いよく開いた。父の蛇骨や四天王がテラスになだれ込んでくる。リデルと話している手すりの向こうの少女を怪しい者とみなしたのか、先頭のカーシュがリデルに向かって叫んだ。
「リデルお嬢様、そいつから離れて下さい!」
「どうして?」
至極素朴な疑問を口にしたのはリデルではなく少女の方だった。乗り物からテラスへと身軽に飛び降りると面白そうにカーシュを見る。横槍を入れられてカーシュは一瞬言葉に詰まったが、すぐに言い返す。
「てめえが怪しいからだ!」
「怪しいってどこが?」
「人の所有地に勝手に踏み込んで来る奴のどこが怪しくないっていうのよっ!」
後ろからマルチェラがカーシュの加勢をする。さらにその後ろから、蛇骨がリデルに呼びかける。
「とにかく、こっちに来なさいリデル。」
リデルは蛇骨の声に従いかけて踏みとどまると、蛇骨に言葉を返した。
「少し、待って下さい。」
そして蛇骨が何か言うよりも早く、少女に問いかけていた。
「なぜグランドリオンを探しているの?伝説の名剣とはどういう事?」
テラスになだれ込んできた全員がグランドリオンの名を聞いて緊張したが、少女はあっけらかんとして言い放った。
「グランドリオンを持って、お墓参りに行こうと思って。」
笑顔さえ浮かべて言う少女にカーシュは呆れたように反論した。
「グランドリオンは魔剣だぜ。そんなものを持っていったって喜ばれる訳ないだろ。大体、手にしたら最後、呪われちまって墓参りどころじゃねぇぞ。」
「喜ばれない訳ないじゃない、かつて自分が手にした名剣だもの。中世の時代に魔王を葬ったとされている伝説の剣なのよ。」
噛み合っていない会話に、ゾアが割り込んだ。
「どっちにしろ、今はここにはない。グレンの奴がこの海域外に持ち出してしまったんだ。」
少女が驚いて目を見開いた。続く反応は、予想外の言葉だった。
「グレン?」
あごに指をあてて考え込む少女の様子にリデルは小首をかしげ、すぐにはっとした顔になって詰め寄った。
「あなた、グレンの行き先に心当たりがあるの?」
「え?う、うん、グランドリオンの行き着く先って言ったらあそこかなあって思う所はあるけど…。」
「じゃあ、わたしをそこへ連れていって下さい!あなたの乗り物なら潮の流れに影響される事はないから、海域外に出る事は可能でしょう?」
しばらく静観していた蛇骨が驚いて声を荒らげた。
「リデル?!」
「お願いします、行かせて下さい父上。」
リデルの必死な目を見て蛇骨は理解した。リデルが自分の手でグランドリオンの呪いからグレンを救いたいと願っている事を。婚約者だったダリオの死を乗り越えるために、グランドリオンの呪いと戦おうとしている。
思わずため息が出た。意志を曲げないリデルの性格と、そんな娘に甘い自分とに。
「仕方がないな。」
リデルはその返答に表情を明るくした。
「ありがとうございます。」
すると、カーシュやマルチェラが我先にと主張する。
「俺も行くぜ!」
「あたしも!」
リデルが少女の方を振り向くと、苦笑気味の声が二人に答えた。
「シルベーラは四人乗りなんだけど。」
あの乗り物はシルベーラというらしい。
「帰りはどうするのよ?」
「どうするって?」
マルチェラの疑問に少女が短く説明する。
「グレン君とやらも乗らなきゃ、でしょ。」
「あ、そっか。」
少し考えて、マルチェラは意味ありげな笑みと共に半歩前のカーシュの背中を軽くたたいた。
「仕方ないな。譲ってあげるわよ。」
「…そりゃどうもありがとよ。」
少しやけ気味にカーシュが答えた。
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