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もと来た方へ引き返し入り口まで戻ると今度は右へ進む。その先には三人の探している人物がいた。
「あ…。」
リデルがその場に立ち尽くす。そこは広い部屋で、入り口以外に奥へ続く三つの扉がある。グレンはそのうちの真ん中の扉の前にいた。しかし、振り返ったグレンの目には邪悪な光がある。手にするグランドリオンにも邪悪な気がまとわりついていた。
「グレン…!」
リデルは思わず駆け寄りかけてなんとか踏みとどまる。その一瞬のすきをついてグレンが襲いかかろうとしたが、しゅっと空気を切る音がしてグレンの動きが止まった。
細かく震える一本の矢が彼の袖と壁とを縫い付けている。振り返ったリデルが見たのはボウガンを構えた少女の姿だった。リデルの視線を受けて少女がにこっと笑う。
「これ、セイレーンっていう銘なの。母さんが昔、使っていたものだって。」
解説する少女をしり目に、カーシュがリデルのそばに駆け寄る。
「リデルお嬢様、今のグレンには何を言っても言葉は届きません。戦うしかないのです。」
「でも…わたしにはグレンを傷つける事なんて…。」
蛇骨館を旅立つ時にはなかった迷いが、グレンを目の前にして生じているらしい。カーシュがさらに言葉をかけようとした時、びりっと布地の裂ける音がした。グレンが自由の身となり、まだ気持の定まらないリデルに突進する。カーシュは振り返ると頭上に落ちてくるグランドリオンの刃を愛用のアクスで受け止めた。普段のグレンからは想像もつかないほどの重い斬撃に、我知らず歯を食いしばって耐える。そのまま数合を切り結んだが、次の叩きつけるような激しい一撃に後ろの壁まで吹っ飛ばされ、したたか背中をぶつけて息が詰まった。壁の突起で切ったのか、肩のあたりに血がにじむ。
目の前で行われる攻防にリデルは声もない。グレンがリデルに標的を変えて向かってくるが、二人の間に少女が割り込んだ。グランドリオンの刃をセイレーンという銘のボウガンで受け止めようとしてただ一振りで素手になってしまう。少女の手を離れたボウガンは部屋の隅へ滑っていき、所有者はあまりの力にしりもちをついた。
グレンの目が危険な光を放った。少女の上にグランドリオンを振り下ろす。
リデルは思わず目をつぶった。
キィィン…ッ!
澄んだ金属音が響き渡った。リデルが恐る恐る目を開くと、少女は手の中の何かで刃を受け止めていた。グレンが目を大きく見開いている。
「う…あああああっ!!」
グレンの口から絶叫がほとばしり出た。ふらりと少女から離れるとグランドリオンを取り落とし、頭を両手で抱え込んでしばらく苦悶していたが、やがて崩れるように倒れ込んでしまった。
「な…にが…起こったんだ?」
呆然としてカーシュがつぶやく。少女はしばらくグランドリオンを見つめていたかと思うと、そっとその柄に触れた。リデルが息を飲んだが少女はけろりとして振り返った。
「もう大丈夫みたい。ちょっと予定とは違ったけど、ま、終わりよければすべて良しって事で。」
「予定って?」
リデルが不審そうに聞き返すと、少女は手の中の小さな亀裂の入ったブローチを見せた。グランドリオンが振り下ろされる寸前、とっさに胸元から引きちぎって刃を防いだのだ。
「このブローチ、知り合いのおじいちゃんからもらったんだけど、グランドリオンと同じ、ドリストーンっていう石からできているの。そして、グランドリオンにグランとリオンが宿っているように、このブローチにも二人のお姉さんのドリーンさんが宿っているの。だから、うまくブローチをグランドリオンに接触させられたら粛正できるかなって思ってたのよ。」
「だからってあんな危ない事しなくたっていいだろバカ。怪我したらどうすんだ?」
やっと動けるようになったカーシュが近寄って軽く少女を小突く。少女はカーシュを見上げてくすっと笑った。
「あれ、心配してくれてたの?」
う、と言葉に詰まったカーシュを楽しげに見ていた少女の顔が不意にこわばった。視線を追ったカーシュもリデルも、その先にあったものを見てはっと緊張した。黒い霧のような邪気のようなものがそこに漂い、だんだんと人の形を形成していく。どこからともなく女の声が聞こえた。
『許さぬ…わらわの邪魔立てをするか…許さぬ…!』
「カーシュさん、グレン君を奥に運んで!取り憑かれたら厄介だわ!」
少女の指示に従い、カーシュは未だ意識のないグレンの体を担ぎ上げて一番近い真ん中の扉から奥の部屋に走った。サイラスの部屋にあったのと同じ材質、同じ形の墓の前にグレンを仰向けに寝かせてすぐに引き返す。
あの広い部屋まで戻ってぎょっとした。黒い霧が、今ははっきりと女の姿をしていた。まるで影のように全身が真っ黒で目鼻立ちは判らない。それがボウガンを拾い上げた少女とリデルの前で口をきいている。
『許さぬ…わらわはラヴォス神を復活させねばならぬ…ラヴォス神と共に永遠の命を得るのだ…邪魔する者は許さぬ…!』
「ラヴォス神?!まさか…あなたはジール女王?」
少女が愕然とした様子で黒い女に呼びかける。リデルが目で問うと少女は簡単に説明する。
「ずっと昔にあった魔法王朝、ジール王国の女王よ。ラヴォスというのは、星に寄生し星のエネルギーを吸い取る宇宙生命体。ジール王国の人々はラヴォスのエネルギーを利用しようとして制御できずに滅びたの。」
「だったら、こいつは死んでいるはずじゃねぇのか?」
二人の横に並びながらカーシュが話に加わると少女はジールから目を離さないまま答えた。
「ジール女王はラヴォスの影響で強力な力を得ていたらしいの。だから多分、体が滅びても精神が残るようにしていたのかも…。」
なぜそんなに詳しいのかとカーシュは尋ねなかった。そんな場合ではないというのもあったが、それよりも先にジールの口調が変わってタイミングを逃したのもある。
『おお…あの者達が、あの男が邪魔しなければ、わらわは永遠となれたのに…何の力もない虫ケラども…特にあの男、一度はラヴォス神によって身も魂も滅ぼされたはずが、どんな手を使ったか知らぬがよみがえり、ラヴォス神に刃向かい続けたのだ…』
少女がほんの少しひるむような様子を見せた。一歩、二歩と後ずさり、三歩目でようやく踏みとどまる。『許さぬ…わらわは邪魔をした虫ケラどもを許さぬ…!それを思い知らせる為、虫ケラどもの一人が手にしていたこの剣にわらわの精神の一部を乗り移らせ、呪いをかけたのだ…!』
突然、ジールの影がぎらりと目のあたりを光らせた。
『おお、あの男のにおいがする…!あの男の気配がするぞ!そう…そこの小娘から…!』
ジールは突進した。その先には動けずにいる少女がいた。とっさにカーシュは数歩踏み出しアクスを振るうが、実体のないジールの体を両断する事はできなかった。
「危ない!」
リデルの警告が少女に飛んだ時、声に応じたかのように少女の足元から水が吹き出した。不意をつかれたジールはまともに高圧の水を浴び、吹っ飛ぶ。
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