|
「やれやれ、人の墓の前で何を騒いでいるのかと思えば…まさかグランドリオンに呪いをかけるとはな。親子そろって強力な呪いの使い手だぜ。」
三人の後ろから声が聞こえた。いつの間にかそこにグレンがいて、床のグランドリオンを拾い上げていた。カーシュとリデルはそれぞれの表情に戸惑いの色を浮かべた。彼らの知っているグレンとは明らかに雰囲気が違う。独り言のようにカーシュは問いかけた。
「誰だ、てめえ…?」
一方、少女も混乱しているようだった。
「なんで…今のはウォータガ…魔法が使えるなんて…それに、墓って…?あっ、まさか…!!」
音がしそうなほどのすごい勢いでカーシュを振り向く。
「カーシュさん、もしかしてこの奥にお墓がもう一つあったりした?!」
「あ、ああ、確かにあった。それで、その前にグレンを寝かせて来たんだ。」
「…じゃ、じゃあ…もしかして彼の体を借りているのは…。」
少女は静かに彼の中にいる人物に呼びかけた。
「…グレンさん…?」
こちらを見つめる相手を見返して少女は少し表情をほころばせ、他の二人の反論がある前に言葉を続けた。
「それとも、カエルさんと呼んだ方がいいかな。」
返ってきたのは微笑みだった。
「好きにしてくれ。」
「どういう事ですか…?」
ジールを気にしながらリデルが問う。そちらに向き直って少女は先ほどと同じく簡潔に答えた。
「今、彼の体にはさっきカーシュさんが言ってたお墓に眠っている人が乗り移っているの。サイラスさんの親友で魔王を打ち破った、彼と同じ名前の人がね。」
「まあ、そういう事だ。こいつはまだ覚醒しそうもないし、悪いとは思ったがしばらく体を借りている。」
とんとんと胸のあたりを親指でつつきながらカエルは苦笑した。その顔が不意に険しくなる。
「さあ、中途半端な説明で悪いが、おしゃべりはこのくらいにしてあいつをさっさと倒しちまおうぜ。精神だけになっても憎悪し続けるほどの執念を持った奴だ、ここで倒さないとあんた達も一生呪われる事になる。」
ジールはやっとの事で体勢を整えた所だった。身構えてジールから目を離さずに、カーシュが誰にともなく問う。
「だが、実体のない奴をどうやって倒すんだよ?さっきやったがアクスは効かなかった。剣もボウガンも同じだろうぜ。」
「確かに物理攻撃は効かないでしょうけど、他にもいろいろと方法はあるでしょう?」
カーシュを横目で見て少女は軽く笑う。
『許さぬ…許さぬぞ…虫ケラどもめ…許さぬ…!!』
もはやジールは憎悪の塊と化している。
「みんな、行くよ!」
少女のかけ声と共に一斉に動く。突進するジールを白い光線が押しとどめ、室内にも関わらず竜巻が吹き荒れて押し戻す。そこへ高圧の水が叩きつけられジールは再び吹っ飛んだ。
「いっけええええ!!」
三人の後ろで魔法を編んでいた少女が叫んだ。ジールの頭上に巨大な氷塊が現れ、ずしりと押しつぶす。強力な魔法により造られたそれは、実体のないジールさえも太刀打ちできず、霧の体は霧散した。
『なぜ…なぜ邪魔をする…許せぬ…。』
ジールの呪詛に誰かの涼やかな声が重なる。
『邪悪なものに惹かれ、邪悪になったあなただけれど、夢見たのは多くの人間と同じく永遠の命だったのね…でもそんなのはあり得ないの。死のない命は生きていないのと同じ…。それに、どんなに純粋な夢でも、わたしの弟達に呪いをかけたあなたを、わたしは許しはしないわ。』
その声が語り終えないうちに、ジールは今度こそ完全に消滅した。
「…つっ…かれたぁぁぁ…。」
沈黙を破った少女は座り込んでいた。力が抜けたといった感じだ。カーシュが振り返って見下ろす。
「すげえじゃねぇか、あの氷の塊。あんなの初めて見たぜ。」
その言葉に座り込んだままの少女がえへへ、と照れたような笑みを返す。
「わたしも初めてだったんだけどさ。」
「これで終わったんですね…もう誰も、グランドリオンの呪いで苦しむ事はなくなるんですね…。」
リデルが泣きそうな声でつぶやく。
カエルがグランドリオンを床に置いた。ぐるりと三人を見回して言う。
「そろそろ俺は行かなければならない。気がかりだったグランドリオンの事も無事解決したしな。感謝するぜ。」
光に包まれたかと思うとグレンの体から力が抜け、慌ててカーシュが支える。そこには見知らぬ男の姿があった。ただし足は床についておらず宙に浮き、体は透けている。
少女が感心したように男を見る。
「カエルさん、元の姿に戻れたんだね。」
「ああ、誰かさんのおかげでな。」
カエルがふっと笑う。
「最後にまた会えて良かったぜ、マール。」
「え?」
少女はきょとんとし、すぐにああ、と納得した。
「そっか、言ってなかったんだっけ、わたしの事。」
「何の話だ?」
訊ねてから、カエルはふと、少女の後ろ頭で揺れる白いものに既視感を覚える。リボンにするにしては幅が広く長すぎるそれが何かを理解すると同時に、いたずらっぽい笑顔でカエルを見上げた少女は、簡潔に告げた。
「わたし、マールの娘です。」
|
|
|