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「もう体の方はいいの、グレン君?」
呼びかけられてグレンは振り返った。大陸出身の少女が微笑みを浮かべて立っている。その後ろの建物、パブの室内では、カーシュ達がささやかな祝杯を上げている頃で、にぎやかな声がもれ聞こえてくる。
目覚めた時、見知らぬ町の宿のベッドに寝かされていて、リデルやカーシュが安堵の笑みと共に名前を呼んだ。霊廟でグランドリオンを手にした自分を、みんなが助けようとしてくれていた事を彼らから聞かされ、協力してくれたというこの少女を紹介された。グランドリオンがもう魔剣でなくなった事も聞いた。
様々な事が解決された中で、けれどグレンは今一つすっきりできないでいた。あんなに嬉しそうにしているリデルを見るのは久しぶりで、カーシュもその事を本当に喜んでいて、そんな彼らにはどうしても打ち明けられず、独り物思いにふけっていた所だった。
軽快な足取りでそばに寄ってきた少女は、少し顔を仰向けて、頭一つ分上にあるグレンの顔を覗き込んだ。
「元気がないみたいだけど、何か気にかかる事があるの?わたしでよければ聞くよ。」
年下のこの少女から君付けで呼ばれている事には、なぜか腹が立たなかった。元気いっぱいといった感じなのにどこか大人びた雰囲気を持つこの少女になら、話しても大丈夫な気がした。少女の方を見ず、まっすぐ前を向いたままでグレンは慎重に言葉を口にした。
「グランドリオンを手にした時…大勢の人間の声が聞こえたんだ。なぜ自分は死んだんだ、なぜこんな目にあったんだ、そんな自分の運命を呪っている声が頭の中で響いて、気が狂いそうだった。」
突然語り始めた事に驚く事もなく、少女はじっと耳を傾けていた。
「でも、そんな中で二つの声だけは別の事を言っていた。一つは、王国に平和を、と。もう一つは、友のため、仲間のために、と。その二つの声がなかったら、きっと俺は発狂していたと思う。その声だけを聞くようにしていたら、体が勝手に動いて…ここまでたどり着いたんだ。」
北の方角に目を向ける。木々の間から月光を浴びて浮かび上がっているのは、無意識に目指していた勇者の墓だ。
「そっかぁ…。」
どこか感慨深げに少女がつぶやく。にこ、と人好きのする笑顔をグレンに向けた。
「グレン君は、四百年前の二人の勇者の声を聞いたんだね。」
「勇者の、声…?」
「そう。」
グレンの戸惑いにあっさりとうなずいて、数歩前に歩みながら少女が語る。
「グランドリオンは、手にする人の意志によって、強くもなり弱くもなる。人の意志に呼応する剣なの。だから今でも、彼らの声がまだ剣に残っていたんだわ。あの剣の精霊、グランとリオンが気に入った人達だからなおさらね。」
くるりと振り向いて、もう一度笑う。その顔が、ふと陰った。
「ああ、だからだわ。あんなにもはっきりとジール女王の声が吹き込まれていたのは…意志に呼応するからこそなんだ。」
悲しげな少女を見ていて、グレンも一つ思い出した事があった。あの剣が見つかったのは亡者の島の最奥。つまり、グランドリオンを手にして聞こえたのは、そこに渦巻く亡者達の声だったのではないだろうか。人の意志に呼応するからこそ、グランドリオンは魔剣になったのだ。
まだ頭の中に残る呪詛の声が、少しずつ消えていくのをグレンは感じていた。そんな中、それまでは気づかなかった聞き覚えのある声がかすかに、だが力強く叫ぶのが聞こえた。
友をこの手で殺すくらいなら、自分が死んでもかまわない!
「兄貴…。」
無意識につぶやいた言葉を聞いた少女はきょとんとしたが、気にしない事にしたのかすぐににこっと笑ってグレンの袖を引っ張った。
「わたしお腹すいちゃった。何か食べようよ。」
月明かりの下で、少女の青い瞳が銀色に輝いている。そこに自分の姿が映っているのを見下ろして、グレンはふ、と口元をほころばせた。
「なぁ、勇者の事をやけによく知っているんだな。もう少し詳しく聞かせてくれないか。」
幼い頃、父にさんざん聞かされた、自分の名前の由来。今までは重荷でしかなかった。しかし、声を聞き、少女の話を聞いて、何か惹かれるものがあった。彼らの事を知りたくなった。
少女は二つ返事で了解し、パブへと戻りながらどこから話そうかと思案している。グレンはもう一度勇者の墓を振り返った。グランドリオンを手にし、中世で活躍した二人の勇者。彼らが安らかに眠る場所。もっと早くに来ていれば、兄の最後の願いを叶えられたかもしれない。
「グレンくーん、早くおいでよ!」
「今行く!」
答えてグレンは少女の方へと歩みを進めた。
Fin
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