|
東の島にある小さな町、チョラス。町そのものには特筆するような事はないが、西の岬には偉大な冒険家トマ・レバインの墓が、そして北の森には勇者の墓と呼ばれる屋敷がある。
宿と一続きになっている小さなパブに、変わった三人組がやって来た。一人は派手な服装の男、一人は長い髪の美女、最後の一人は緑色の服の少女。最年少らしい緑色の服の少女が愛想良くパブの店主に話しかけているのを、他の二人が見守っている。少女は人探しをしていると言い、相手の特徴を簡単に話した。その青年が北の森に向かっていたという目撃証言を得ると、最後に少女はチョラス名物のレバイン酒を一杯注文した。しかも持ち帰りでと言う少女に理由を問うと、お墓参りに行くんです、と笑いながら答えた。
――すぐに済むからと少女に言われ、一行はまず岬へ向かっていた。
「おい小娘、なんで西の岬なんだよ?グレンは北の森にいるはずだろうが。」
カーシュの不満たらたらの声に、少女は振り返って笑顔で答える。
「その前に、別の人のお墓参りを済ませとこうと思って。」
「この先には冒険家のお墓があると聞きましたけど…お酒をお供えするのですか?」
「そうだけど、そうじゃないのよ。」
意味深な言葉にカーシュはいら立った顔をしている。
「どういう意味だよ?」
「見てれば判るわ。ほら、着いた。」
白い石でできた墓に、確かにトマ・レバインと名前が彫ってあった。その前に立った少女は酒の入ったジョッキを墓の上にかかげ、なんと墓石に中の酒を振りかけた。
「何やってんだバカ!墓に酒をぶっかけるなんて非常識だろうが!」
「いいのいいの、この人のお墓はね。さ、次は勇者の墓に行くよ。」
カーシュに怒鳴られても悪びれずにもと来た道を戻っていく。後を追いかけながらリデルが首をかしげた。
「けれど、なぜ勇者の墓と呼ばれているのでしょう?」
「ああ、それはね、あそこに葬られている人がかつてガルディア王国に貢献したサイラスっていう名前の騎士さんなんだって。四百年くらい昔はグランドリオンは勇者の剣とされていて、剣に選ばれた勇者しか触る事ができなかったんだって。」
「剣にえらばれるぅ?!どうやって剣が所有者を決めるっていうんだよ?」
カーシュがすっとんきょうな声をあげる。
「あの剣にはグランとリオンっていう精霊が宿っているの。その子達が気に入った人が所有者になれるみたい。」
「みたいって…。」
あまりにも曖昧な基準にさすがにカーシュも呆れる。少女はその言葉が聞こえなかったかのように続ける。
「それで、そのサイラスさんもグランドリオンに選ばれた人だから、きっとグランドリオンに導かれてグレン君もそこにいると思うの。」
「では、行きましょう。」
グレンの名を聞いて気が急いたリデルは、早足で歩き出した。
――北の森にたたずむ、古めかしくも立派な館。それが勇者の墓だ。中に足を踏み入れるといきなりふた手に分かれていた。少女はぐるりと辺りを見回すと左の道を指し示す。
「確か、サイラスさんのお墓があるのは左よ。」
「お前、来た事があるのか?さっきの呼び名の由来といい、やけに詳しく知っているが。」
カーシュの何気ない質問に少女はえっという顔をしたが、すぐに笑って答える。
「ううん、初めてだけど、わたしの父さんと母さんが来た事あるらしくって、その話を思い出しながらしゃべっているんだ。」
さあ行こう、と言って少女は先に立って歩き出した。その後をカーシュとリデルが追う。階段を登り通路へ出ると奥の部屋に向かう。そこがサイラスの墓だった。
「あれ?」
しかし、そこにいるはずのグレンはいなかった。少女が部屋をぐるりと見回しながら不思議そうにつぶやく。
「おっかしいなあ、きっとこっちだと思ったのに…。」
「別に不思議がる事はねぇよ。ここにいるのは間違いねえんだから、こっちじゃなければ反対側に決まってんだろ。」
「でも、あっちには何もないはず…あ、リデルさん?」
カーシュと言い合いをしていた少女は、リデルが無言で引き返して行くのを見て慌てて声をかけた。リデルは肩ごしに振り向いた。
「行きましょう。早くグレンをあの呪いから解放してあげないと。」
リデルが焦っているのがカーシュには痛いほど判った。部屋を出ていく後ろ姿を見つめる目がほんの少し揺らぐ。
「カーシュさん、もしかしてリデルさんの事好き?」
突然横から声をかけられて危うく飛び上がりそうになった。少女が隣にいた事を失念していたのだ。カーシュを見上げる瞳にはからかいの色もなければ真剣な様子もない。ただの世間話、といった感じだった。
「…お嬢様に言ったらただじゃおかねえ。」
ごまかすのが下手なカーシュはそれだけを口にした。
|
|
|