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「なぜあの剣を手にしてしまったの…?お願い、帰ってきて…」
エルニド諸島本島の北に位置する、蛇骨館。その最上階のテラスで、女性は一人つぶやいた。背後でぱしゃ、と水音がしてぺたぺたぺたと水気を含んだ足音と共に歩み寄ってきた者が、幼い声で女性に話しかけた。
「信じて行動を起こせば、きっと結果が返ってくるって誰だったか言ってました。きっと大丈夫です、帰ってきますヨ。」
大きな瞳、葉っぱの眉、頭に大きな花をのせた足元の生き物に、女性は微笑みかけた。
「ありがとう、フィオ。」
――一方、蛇骨館の前庭は慌ただしい空気に包まれていた。
「こっちにはいなかったであります!」
「向こうにもいなかったんだな!」
ソルトンとシュガールの報告を聞いて、カーシュはチッと舌打ちし足を踏み鳴らした。
「クソッ、どこ行きやがったんだあいつは!」
そこへ跳ぶような足取りで少女が駆け戻ってきた。カーシュが振り返って問いかける。
「どうだ、いたかマルチェラ?」
マルチェラは横に首を振った。
「だめ、見つかんない。」
「困った事になった…どこかで問題を起こしていなければいいが。」
難しそうな顔をして腕を組んだ蛇骨が、館を仰ぎ見てつぶやいた。
「娘もショックを受けていたようだしな…」
その言葉にカーシュの目がほんの少しだけ揺らいだが、それに気づく者はいなかった。
「もう、何なのよあいつ!お祭りの真っ最中だってのに、トラブル起こすなんて!見つかったら飛んでいって一発お見舞いしてやるんだから!」
「そいつは少し難しいかも知れんぞ。」
腰に手をあてて怒るマルチェラの言葉に、いつの間にか戻ってきたゾアが口を挟んだ。マルチェラは勢いよく振り返り抗議する。
「何よ、どーいう事?!」
「実はさっきテルミナ港で目撃証言が出たんだが…」
ゾアの口調が妙に歯切れが悪い。鉄の仮面をかぶっているために表情は分からないが、どうやら困惑しているようだ。
「港という事は、船を使ったのか?しかし今の時期はまだ潮の流れも速いから、この海域を出る事はできん。探すのに苦労はせんだろう。」
「いや、船は使っとらんのですよ大佐。その…魔剣の影響ですかね、とんでもない事をやってのけたのです。」
「もう!いい加減はっきりしたらどうなのよっ!」
詰め寄ったマルチェラが上目遣いににらむと、ゾアはようやく重い口を開いた。
「それが…奴は海の上を歩いて行っちまったんだ。」
一瞬、その場がしいんと静まり返る。
「む?」
「は?」
「へ?」
全員の見事にそろった疑問符のコーラスに、ゾアが言葉を繰り返す。
「だから、奴は水面を歩いて…」
「んなバカな事があるかっ!どこの世界に水の上を歩く人間がいるっていうんだ?!」
思考停止状態からいち早く脱したカーシュが食ってかかるが、返ってきたのは冷静な声だった。
「俺も港で見た時は目を疑った。しかし、それが現実なんだ。なんなら目撃者にも確かめてくるといい。」「でも…あいつは海を渡ってどこへ行く気なの?」
まだ呆然としたままのマルチェラがぽつんとつぶやいた。
再び訪れた沈黙は、中庭から聞こえてきた騎士達の声によって破られた。中庭からソルトンとシュガールが駆け出して来て報告する。
「変な物が空を飛んでいるんだな!」
「この館の周りをぐるぐる回っているのであります!」
「空を?」
不審そうにつぶやいて蛇骨が天を仰ぐ。四天王の三人もそれに習い、そして見た。四枚の羽がある、卵型をした白い物体が曲線を描いて飛んでいるのを。
気が付けば誰からともなくその物体を追って走り出していた。中庭には大勢の騎士も集まって来ていて、あれはパレポリの新兵器ではないかと騒ぐ者、ただぽかんと見上げる者、根拠なく打ち落とすべきだと主張する者、様々だ。
その時、謎の物体が空中で停止した。そこは最上階のテラスの前で、そこにはよく見知った若い女性の姿が…。
「リデルお嬢様!」
叫ぶと同時にカーシュは風のような勢いで走り出した。
「待て、カーシュ!」
ゾアの制止も効果はなく、仕方なしに蛇骨とゾア、マルチェラは後を追った。「まったく、お嬢様の事となったら後先考えず突っ走っちゃうんだから!」
走りながらマルチェラはぼやいた。
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