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風の洞窟。
グランドリオンの刃を手に入れたカエルはその場でクレフォースという魔女から『エレメント』についての講義を乾いた地面の上で聴いていた。
クレフォース、茶色の長髪を束ね、カエルを上回る長身、鋭いブルーアイ整ったら体型に、バックパック。身軽な格好であるがこれが彼女がいたるところで奇跡を起こし、何十年も生きていると知っていなかったら、魅力的な女性であっただろう。
(まあ、性格にも難ありだが)
そんな視線に気づいたのかクレフォースのするどい眼がカエルを睨みつける。
「なんだ」
裏声で脅すように、まためんどくさそうに発する言葉はすこし念がこもっているようにも感じられる。
カエルは特に何もないといい、クレフォースは講義を続けた。
その言い草からは、知らなくても知っていてもどうせどうせそう代わらないだろうということが暗に言われている様でもあった。
何でも元々クレフォースは、エレメントについて教えるためにカエルを探していたのだと言う。
このグランドリオンのある風の洞窟で二人が出会ったのはほとんど偶然だと言う話だ。
クレフォースは講義が終わると、グランドリオンの刃を投げ渡した。
それを斬らないように上手く受け取るカエル。
もう慣れたことなので、「何をするんだ!」ということもいうつもりはなかった。
「それで、一体何が起きているんだ。こんなものは前はなかったぞ?」
カエルは宙に浮かんだグリッドとエレメントを見る。
まだ数えるほどしかグリッドの穴は開いていない。
幾つかはクレフォースが選別としてもらっているが、まだ何か物足りない形はしている。
「それが歴史の改変の結果だ、といっていた依頼者の少年は」
「いいのか依頼者は明かさないんじゃなかったのか?」
「依頼が終わったからいいんだよ」
「そうなのか?」
(それにしても、少年か)
カエルはマノリア修道院で出合った少年のことを思い出していた。
恐らく同一人物だろう。
(名を確かフツヌシだったか)
「それで私はそいつに依頼されてお前を探していた。
そのなかでお前らが何をやったのかも知っている」
「すべてを?」
「まあ、人から聞いた伝聞だ。どこまでが本当か私には判断が難しいがな」
「じゃあ、今オレがここにいる理由は……」
「まあ、伝聞の中で私がお前にいえることはそんなにない」
「……なぜだ?」
「それは私が関わるべき問題ではないからだ。
私は本当はこの時期に君たちの前に現われることはない、そういう歴史だったはずだ。
お前と私の関わり合いは、もっと前の時間に始まり終わっているはずだった。
それに私もこの時期にゼナン大陸に寄るつもりはなかった。
何らかの作用、この場合は少年であるがそれによってこの歴史は複雑になっている。
これ以上複雑になれば、解決できるものも解決できなくなる。
全ての始まりはなんだったのか?
そんなことを気にしていては、この先の解決方法が見つからないんだよ。
今を生きるものからすればね。
問題なのは、時間と次元。空間と平面。
世界はある一定の率で進んでいる」
「?」
あまり理解してそうにないカエルの顔を見てため息をついた。
「簡単に言うと、一度起きた世界はその率が流れる。
お前のように時間を跳躍するものに干渉されない限りは常に一定に保とうとしている。
そして、お前達のようなものがいれば歴史は意外にも簡単に変わる。
変わった事で様々な影響が現われる。
しかし、歴史はその影響を最小限にするため、僅かな変化を作り出し、大きな変化を起こらないようにしている。
あるときは記憶をかえ、あるときは物質をかえ、あるときは現象を変えてな。
簡単に言うと星はその辻褄合せを行っているに過ぎないのだ」
「? ……」
「まだわからないようだな」
クレフォースは手元から同じ型の十本のナイフを取り出した。
「例えばここに十本の同じ種類のナイフを突き刺す。
そこでお前は歴史を登っていき、このうちの五本をとりお前はここに戻っておく。
するとここには十五本のナイフが存在するわけだ。
そして、お前が持ってきたナイフをそのままにここのナイフの内の五本を違う型のナイフにする。
するとどうなる?」
「???」
「答えは簡単、歴史はお前が今もっている型のナイフを持ち出したことになる。
違う型はそのままこの地面に埋まっているんだ。
そこでお前は考える。
抜き出したときは、無造作に取り出していた五本が全て同じ型のナイフである確率は100だ。
しかし、今ではすべて同じ型である確率は50だ。
だが、お前が同じ型のナイフを取る確率は100になる。
なぜだか分かるか?」
「??」
さらに混乱を極めるカエルに追い討ちをかけるようにクレフォースは説明を続ける。
「その歴史の矛盾を、歴史が書き換えているからだよ。
お前の記憶の中では確かに全部同じ型のナイフだったかもしれない。
しかし、実際は半分は違う型のナイフだ。
ここでの矛盾を解消するために歴史はほんのすこし変化を起こす。
例えば、途中の時代でこの半分のナイフの価値が上がり、誰かが盗んでいってしまったとか、嵐が起こり違う型だけが埋まってしまったとか、同じ型のナイフが取りやすい位置にまるでそれを取らんとするように置かれていたりとか。
最後に、君の記憶違いだと言う思い過ごしを頭の中で書き換えられるわけだ」
「記憶を書き換えるだと?」
「考えられないことではないだろう? 世界のバランスを取るためにはそれはほんの小さな変化だ。
誰が気にするでもないような、でも重要な違いだ。
ふふ。
まだ混乱しているな。
答えはゆっくり探せ、私のような長く生きた人間は少しうがった見方をしてしまうかなら。
自分ひとりで抱え込むことでもないからな、仲間にでも相談してみるといい。
きっとその答えがこの世界で起きていることだと理解して欲しい。
まあ、あくまでも私の見解だがな。
カエルよ」
「なんだ」
まだ、混乱と理解しようと考える中でせめぎあっているカエル。
「私はここで去るが言っておくことが一つある。
この後、王が倒れ橋が襲撃され、お前はバッヂをタータ少年に渡す必要がある」
「そんなことまで知っているのか」
「大体はな、言っておくことは時間のバランスを崩さないことだ」
カエルが何かを言い返そうとするが、クレフォースはそのままグレンの風に乗り洞窟から去ってしまった。
「時間のバランスを崩すな、か」
「でも、マスターはちゃんとやっていると思うよ。
責められることはもう償ったはずさ」
聖剣グランドリオンの精霊であるグランは姿を現しカエルに声をかけてきた。
先ほどまでカエルがクレフォースに講義をしている間黙って聞いていたためにその存在を端の方に避けていた。
ふわりと少年の姿でグランとリオンが姿を見せる。
「そうか?」
(こういうのは悩んでいてもしょうがないのよ。前を見て進むしかないんだから)
「「ドリーンねえちゃんん」」
「姉さん?」
聞こえてきた第三の声。
しかしその姿は見えず、ただただ声だけが残る。
そしてその声に覚えがあった。
「エンハーサに居たドリーンか」
(覚えててくれてありがとうね。
やっとグランとリオンのマスターに共鳴できたよ)
「今度は姉ちゃんもついてくるの?」
(ええ、そのつもりよ。
カエル君が私の媒体を持っている限りはね)
「媒体?」
考えるが、ドリーンの媒体となるものはもっていない。
グランとリオンと姉弟と言うことだから、あの赤い石と同じもので出来ているものだろうと予想できるが、今のカエルには思う付かない。
(あなたが持っている『金の石』よ)
言われてカエルは金の石を取り出した。
すると目の前にグランとリオンに近い姿が現われる。
「フリーランサーから得た金の石か……」
確かにこのデナドロ山で唯一挑んできたフリーランサーが落としたものである。
「何気なく持っていたが」
確か前の周でも金の石を得たんだっけ。
カエルはかつて、前の世界でサイラスの墓に行った後、しっかりと自分のケジメをつけるために新生グランドリオンと共に、デナドロ山を訪れた。
そのときにもフリーランサーが襲ってきて、そこで受け取ったのだ。
(それでこれからどうするのカエル君?)
ドリーンにいわれてしばし考えたカエル。
「タータにこのバッヂを渡すところからはじめようと思う」
(そう、じゃあグラン)
「何? ドリーン姉ちゃん」
(カエル君を山の麓まで風で送って)
「分かった」
二つ返事でグランは風を起こし、その風はカエルを包み山の上に上昇し、ふんわりと麓まで降り立った。
その間ほんの数秒。
グランが調整しているためか、それほど気持ち悪くはならない。
しかし、景色がいいとはいえ急激に高所から降り立つのはあまり体には良くはない。
視覚的問題だ。
いつもの通りカエルは降り立ったその場でうずくまり、自分の感覚を元に戻す。
同刻 中世ガルディア城。
さらに言うなら客人向けの寝室である。
今は魔王軍と戦争中であるため、このガルディアに旅の客人が訪れることは少なく幾つかの部屋が使われずに残っている。
その一室にはベッドが二つ、その一つのベッドには少女が静かな寝息を立ている。
少女は半分以上が毛布に包まれているためによく分からないが、このガルディア王国ではめずらしい黒髪の少女であった。その黒髪は単髪で、簡単に結んでいた。寝ているためかまだ幼さの残る顔つき、まだ十代半ばといったところか。そんな顔の中はそれなりの歴史があるらしく、薄くだが傷跡が見られる。
もうひとつのベッドで寝ていた主はすでに起き上がり、今寝ている少女を起こそうとしていた。これも黒髪の少女ではあるが、寝ている少女がすこし成長した感が見られる顔つき。すこしきつい印象をもたれるであろう細い顔に黒瞳。まだ寝起きらしく、髪の毛はぼさぼさであるが、長髪が上手く落ちている。その髪を直さずに少女はベッド揺すっていた。
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