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「しかし、ヘンリーク総監もよく君をここへ出したね。今もって不思議だよ。」
「良いのよ、あのベタ可愛がりの父には良い薬。子は旅をしたいのに、馬鹿な父を持つと大変なのよ。だーかーら!ジュドーには感謝してるのよーだ。」
「君くらいだよ。ジュドーって呼び捨てにできるのは。」
「そう?そんなに階級に縛られてちゃ、生きて行けないわよーだ。」
『はっはっは、相変わらずだな。』
そこに現れたのは、端正な顔立ちをした大人の色気も漂う彼らのチームリーダーである、オルドー・セット大尉。
彼はこの少年たちで構成されたパイロット見習いを率いることを任された、言わば教官兼務の上官だ。しかし、先のエウロパ戦争ではトップの撃墜成績を残し、軍の撤退に大きく貢献したことが知られており、撃墜王という異名も持つ。
だが、そんな異名を持たずとも、彼の黒髪に桃色のメッシュを入れ短く刈り込んだ頭は、遠くからでもとてもよく目立つ。
マーカスとワルツワンドはすぐに姿勢を正して敬礼した。
彼はそれに軽く礼を返して直すと、笑って言った。
「どうやら、あの悪戯小僧二人は慌てて調整に向かったようだな。」
「…大尉、申し訳有りません。自分の監督責任です。」
マーカスが深く礼をして謝罪した。
オルドーは苦笑しつつ礼を戻させ、頬をぽりぽりと掻きながら応える。
「…おいおい、お前が謝ることじゃないだろ?セットアップは、まあ、自分の責任だ。死にたくなかったらしっかりやる!…それが軍ってもんさ。はぁ、あいつらはまだまだ青いな。」
「ねぇ、隊長。」
そこにワルツワンドが目をうるうると輝かせて彼に尋ねた。
その目を見たなら、並の男なら誰もがぐっと来るに違いない…が、当の相手はと言えば、どうやら前にもこの目を見たことがある様だ。
「…なんだ。」
「その…いつ見ても綺麗なピンクですね!」
「…お前の褒め言葉は聞きたくないぞ。」
「えー!どうしてですか〜?その、あたしの機体カラー、隊長のステキなメッシュと同じピンクにできないんですか〜?」
「…はぁ〜、まだ拘っていたのかぁ。」
「だってぇ〜、F92じゃないんだから、それくらい〜。」
「お前なぁ。コックピットをピンクにしただけで十分だろ?塗装も大変なんだぞ。」
彼の視線がドックの彼女の機体のコックピットに、まるで光学1500倍ズームでもしたかの様に飛んだ。
そこには他の機体とは明らかに違う全面桃色で、殺伐とした雰囲気の対局にあるだろうファンシーな雰囲気が漂う、おおよそ戦術兵器としての軍の機体とは思えないコックピットの姿が有った。その内装は単なるピンクではなく、ご丁寧にもパンダとハートの模様が描き込まれてる念の入れようだ。
「ビームコーティングのカラー変更でなんとかならないんですか〜?」
「あのなぁ、お前の機体って光学遮蔽対応じゃなかったか?」
「…はい。」
「色なんて見せる必要無いじゃないか。金の無駄無駄。」
「え〜〜〜!ブゥーブゥー!!!。」
彼らがそんな話をしていた頃、ドックへ駆けて行った二人は各自の機体の調整を始めていた。
「…スタインバーグ少尉」
「あ、マリアさん。」
グレイに呼びかけたのは、この艦のメカニックチームのリーダーである、マリア・フォンテーヌ大尉。階級上は大尉だが元々は民間人で、特別にAEから派遣されてきているこの道のプロだ。
彼女はこの金髪碧眼の少年が乗る機体である連邦軍最新鋭MS「F92NT-Spitfire」の調整を手伝っていた。
「OSの最終調整は済んだかしら。」
「あ、待ってください、もうすぐ終わります。」
「そう、私の方の作業は終わったわ。」
「どうも、有り難うございます!」
「どういたしまして。」
グレイの元気な返事に、彼女が微笑む。
彼女は期待を優し触れながら、何か感慨深げな表情で機体を見ていた。
「…しかし、この機体をあなたが操縦するとはね。あ、別に腕のことを言っているんじゃないわ。ただ、思っていたよりずっと若いパイロットで驚いたわ。」
「そうですね。俺、あ、自分も驚いてます。でも、凄く嬉しいです。」
「そうね。私もこの機体の面倒を見れて嬉しいわ。これは私も開発に加わっていたから、他の誰よりも詳しいって思ってた。だから、配属先が決まった時は驚いたけど嬉しかった。」
「へぇ、そうだったんですか!いやぁ、それならめちゃくちゃ安心ですね!」
「そう?ありがとう。」
そこに、突然シナプスがアラートを表示した。
二人の視線の宙空にアラート表示が現れる。そこにはブリッジオペレーターのエリーゼ・アーカンソーの顔が映っていた。
『緊急警報を発令します。総員、第一戦闘配備。直ちに各自の任務を遂行し、作戦に備えてください。モビルスーツパイロットはすぐに出撃準備を整えてください。』
シナプスが全員に緊急警報を伝える。
艦内が非常照明に切り替わり、クルー達が慌ただしく動き始めた。
グレイはシナプスを部隊長であるセット大尉に合わせた。
「(大尉、何が起こったんですか?)」
「(攻撃だ。俺も今機体に乗る。詳しくはブリッジのエリーゼから来るはずだ。それまで俺達はコックピットで待機だ。)」
「(はい。)」
ブリッジではフロントビュースクリーンに、基地外部での攻撃の様子が映し出されていた。
この状況に冷や汗をかきつつもドーンは艦長シートに座っていた。
彼のシナプスには多くの情報が次々と報告として入り、彼はそれを処理するだけで精一杯だった。そんな彼の様子に半ば呆れつつ、ルカ准将はアーシタ少佐の隣に座っていた。
「ジュドー、間違いないかしら。」
「…あぁ。」
「(基地の情報によると、ゲリラ組織の新撰組ね。…面倒な時に。)」
「(奴らが来たということは、内部の問題か。)」
「(…考えたくないわね。さて…)」
基地を攻撃しているグループは新撰組と言い、この地球圏内で近年活発にゲリラ攻撃活動を繰り返す過激派組織だ。彼らの主張は旧世代のコロニー至上主義と同一であり、半ばカルト的な人気を誇るシャア・アズナブルを崇拝している。
短く刈り込んだ黒髪に鋭い目をした男は、視線の向うに映る月面基地を見ていた。
連邦軍を攻撃する彼らにもニュータイプ通信技術があった。
その名を「ニューロン」という。
「(…ヒジカタ。お前達はお宝を探せ。俺達が引きつける。)」
「(…わかった。トール、しっかり引きつけてくれよ。以上。)」
通信を終了すると、トールと呼ばれた男は、他の隊員達にも次々とニューロン越しに命令を与えると、自身はブリッジを出ていった。
無数の光線が真空中から月面を狙う。
どこからともなく走る光線は基地をピンポイントに攻撃し、次々に施設を破壊してゆく。その動きは掴めず、まるで意志を持ち生きているかのようにふらりふらりと軌跡を変えて攻撃をしかけた。
連邦月面防衛軍部隊は圧倒的攻撃を前に、次々に撃墜され一方的に押されている様な状況だった。
「艦長、基地への攻撃による損害は甚大です。このままでは基地と一緒に埋まりかねません。」
戦術システムオペレータのドウモト少佐が、基地からの損害情報を報告した。
艦長であるドーンは苦々しい表情で問う。
「むぅ、トルストイ大佐からは何もないのか?」
通信システムオペレーターであるアーカンソー軍曹が答える。
「月軍本部からは、まだ何も…。」
そんなやり取りをみて、オブザーバーシートに座るルカ准将が立ち上がった。
「…私が許可します。本艦はこれより強行出港致します。…皆さん良いですね。」
ルカ准将の一言で艦内が出港でまとまる。
ドーンはすぐに全クルーに対して出港を指示。出発オペレーションが始まった。
シナプス内部でクルーの確認承認が始まる。
「船体整備100%、エネルギー充填率65%、通常エンジン機動を承認します。」
「通常エンジン機動確認。操舵承認。」
「攻撃システム起動します。主砲、副艦法、両舷ミサイル発射艦オンライン、後部ファンネルオンライン、全攻撃システムオールグリーン確認。」
「船体サブシステム起動。オールレンジスキャンを開始します。」
ドドドォォォォォォォォォォォン!!!
艦内に強い衝撃が走る。
ドーンが叫ぶように言った。
「報告!」
彼の命令に戦術オペレーターのドウモト少佐が答える。
「ビュースクリーン、…基地前方800kmより攻撃を確認。前方ドックポート被弾。入り口が塞がれました。」
「ドウモト少佐、ファンネル射出。攻撃目標前方ゲート、並びにポート周辺の敵攻撃機を破壊せよ。これより、本艦は強行出港を開始する。ミシャールマ中尉、ファンネル射出後基地内部ではシールド50%起動、脱出後100%出力。」
「ファンネル射出、先行開始。」
「シールド50%出力、オンライン。」
「カリスト少佐、基地脱出まで微速前進4分の1インパルス、脱出後インパルス3で月軌道上の敵と対峙する。」
「後部、底面、両弦スラスター起動、4分の1インパルス。」
全員の出発操作が完了した。
ドーンは姿勢を正し、前方スクリーンに向けて力強く指さし宣言した。
「アマテラス級強襲揚陸艦、シスターフェアレディ、発進!」
ファンネルが射出される。
先行したファンネルが宙を舞い、前方のドックポートの瓦礫を瞬時に破砕した。
その後をシスターフェアレディは威風堂々、それは貴婦人が社交界デビューを果たす様な眩いシールドの輝きに包まれて宙域に出撃した。
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