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―ボトルメール―
「いつの日か種を蒔く者たちの手へ渡ることを願って、このメッセージを記す。
まず、この星に起きたことを伝える。
遥か昔、ようやく人類の祖先が「ヒト」と呼べる生物に進化したばかりのころ、宇宙から飛来した鉱物生命体『ラヴォス』が、この星に寄生した。
星を内側から喰らい、力を蓄えたラヴォスは地上に姿を現し、遠からず星を滅ぼすことだろう。
おそらく、このメッセージの封が解かれたとき、この星はすでに人類のものではなくなっているはずだ。
ラヴォスは星を喰らうことで星と交接し、自身と星の「雑種」を産む。
産まれた仔は宇宙に射出され、いずれ他の星に辿り着き、その星を喰らう。
かつて人類は一度、ラヴォスによって滅ぼされかけたことがあった。
このメッセージを記している時点で、歴史から姿を消してしまっているほどの遥かな太古の出来事ではあるが、その後の人類という種の在り方を変質させたほどの重大な事件だったことは間違いない。
忌むべきこととして人類はこの事件を忘れ果てたが、我ら魔族の限られた系譜の伝承を信じるとするのなら、ラヴォスはかつて空に浮く大陸を地に墜としたともいわれる。
魔力を持たぬ人の身で、これに拮抗することは現実的ではない。
ジャキ・アルノ・シュヴァルツェン
ラヴォスを斃すのか、ラヴォスの支配する星で生きるのか、我々には選択権がない。
選ぶのは、このメッセージを開いた者たちだ。
だが、どうかこのメッセージが、希望を失っていない者の目に留まることを願いたい。
我々は土を耕す。
種が育つことのできる栄養を蓄えた、土壌を整える。
我々に赦された時間は、もう長くない。
土に埋めるべき種を見出し育てるのは、これを開いた者と、その次の世代の者たちとなるだろう。
『ドリームプロジェクト』が、人類及び、あらゆる生物の希望となることを祈る。
クロノ・ドン・シューマ
土を耕し、種を蒔き、花を咲かせるまでの一連の工程を、わたしたちは先述の通り『ドリームプロジェクト』と呼ぶことにした。
ラヴォスに拮抗する戦力として、戦闘系及び、非戦闘系のロボットの量産ラインを備えた設備と、それを総括するコンピュータの、おそらくは未曾有の大災害となるであろうラヴォスの顕現以後も継続した稼動。
これを保障することを、第一の工程である『土を耕す』行為とする。
人間の制御を受けず稼動し続けるコンピュータに伴うリスクを回避するために、以下にセーフティープログラムを施す。
戦闘系生産ラインR。コード『プロメテス』
ルッカ・レイ・ブリーズト
花を咲かせる者に遺志を継がせることのできる者が、このメッセージの封を切ることを切に願う。
AD1999.05.09」
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―タイムカプセル―
狭いドームのなかは閃光と闇が激しく入れ替わり、同時に生物と無生物の立てる様々な物音が入り乱れていた。
「ティア!こっちだ、早くっ!」
「だって、プロメテスがっ!」
「行って下サイ!アナタ方がここで死ンデシマッテハ……っ!」
ひときわ眩しく一点に集中した閃光が、この場にいる者たちの目を灼く。息を呑む者と、堪らず駆け出そうとする者と、それを止めようとする者が、止まぬ光のなかで膝を折る「彼」の姿を見た。
「いやああぁぁっ!プロメテスーッ!」
「だめだ!ティア、退くよ!リュート、大丈夫か!?手伝え!」
「そのままティアを連れて退け、ヴァン!後は俺が食い止める!」
「彼」のもとへと駆け出そうともがく仲間を抱え上げた者の背に、レーザービームの照準が合わせられる。充填されたエネルギーが今まさに吐き出される寸前、砲身が、内蔵されたアームごと切断された。それを為したのは、時代がかった一本のサーベルだ。
「これ以上、命の無い奴らに命を刈らせてたまるかよ……!」
残ったロボットたちが一斉に向けてきた砲口を睨んで、時代にそぐわぬ剣士は凄絶な笑みを浮かべた。
止まぬ砂嵐を貫いて、ドームからくぐもった音が聞こえてくる。ドームを脱した二人は硬い表情のまま歩を進めていた。堪らず振り返る者を、もう一人が宥めるように前を向かせ、ひたすら歩く。
「……つらいね。でもね、ようやっと見つけた『種』だ。これを蒔くのが、あたしたちの仕事、そうだろ?」
「うん……」
小さなケースに収められた、それは文字通り「種」のように見える。彼女は大事そうに、それを傷ついた手で包み込んだ。
「本当に……、本当に、「これ」は役に立つのかな?何か、今さらだけどちょっと信じられない話だから……」
「そうだね。でも、今目の前にある可能性はこれだけだ。花が咲くのをあたしたちは見ることはできないかもしれないけど、だから種を蒔かないってわけにはいかないだろ?」
すでに、「その想い」を知ってしまった。そして、受け止めてしまった。放り出すことはできない。
「うん、行こう、死の山へ」
傷ついた身体を悪意あるもののように無数の砂礫が叩いたが、二人は支え合って歩いた。やがてその姿は砂嵐のなかに溶けた。
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