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デナドロ山の風の洞窟近く。
風が強く、まるでここに来るものを拒むようにも感じられる。
その中で寄ってこなかったモンスターに打って変わって、ただ一匹。
フリーランサーが襲いかかってきた。
カエルはそれをやすやすと退け、グランドリオンのかけらのある風の洞窟の中に入っていった。
わずかな光、それは神秘的な空間を作り出していた。固く湿った地面、太陽の光が最も集まる場所にそれはあった。
それに近づくカエルの中に一つの疑問が浮かんだ。
誰も止めてこないのである。
いつもならグランとリオンが駆け寄って止めてくるはずなのに。
カエルは周囲の気配を探った。
……。
しかし、二人の気配は、ない。
「!」
代わりにこの小さな洞窟全体に広がる奇妙な気配に気づいた。
体が震えた。
何者かがそこにあるという気配。
別に戦う気も、探る気もない。
ただあるだけの気配、その気配、カエルはどこかで感じたことがあった。
「私だ、醜きカエルよ」
カエルは掴んでいたシャインブレードから手を離した。
「おっと、安心するのはまだ早いぞ。グレン・コンフォート」
「……何の様だ魔女」
姿の見えない相手に向かいカエルに話しかける。
「少しな、借りを返さなくちゃいけないくてな」
「オレの呪いを解けなかった借りか?」
「私は解く情報を与えたはずだ。お前の対価ではそれしか出来ないよ」
「それなら何の様だ」
「試練だよ。私が考えた課題をこなすだけの話だ」
「? 納得できないが内容は」
「私と戦うことだよ」
「………」
カエルは洞窟の入り口を見ると人影が見えた。
カエルが魔女と呼んだ女――クレフォース・ムートン。
かつてゼナン大陸に現われ、いくつもの奇跡を起こしたと言われている女性。魔王軍の出現と共にその姿を消し、魔王軍によって殺されたとさえ噂された。
しかし実際、彼女は世界中を旅していたため、期間が経ちゼナンの地を去ったに過ぎなかったのだ。カエルはこの姿になって偶然彼女を見つけ出し、呪いを解く方法を聞いたが魔王を倒さなければならないと教えられる。
その後聞いた対価としてたまに面倒なことを押し付けられることあった。そのことからカエルから魔女と呼ばれている。
シュッ
突然クレフォースからナイフが投げられ、カエルの足元に突き刺さる。
「……上手くよけたね」
「ふざけるなよ、一体誰がお前に俺を鍛えろっていうんだ」
「ふっ」
不適に笑うクレフォース。
「依頼者のことは明かせないよ。
それに私がそんなふざけたことを言うなんて一度もなかっただろ」
「……」
カエルは苦い顔をした。
何回もこき使われていたことを思い出し、たしかに彼女はふざけた事をいうことはなかった。
いや、普通に考えたらふざけたことかもしれないが本人はまじめに言っているからたちが悪いのだ。
彼女の気配が見える。
こうなることは予想は付いていた。
(覚悟か)
クレフォースは実際何も考えていなかった。
今のカエルの実力を知るということで、簡単に戦うという選択をしたまでだ。
現在、カエルの手にあるのは銘は知らないが、相当な魔力を秘めている剣だという。
油断は出来ない。まあ、はじめからするつもりはないが。
両手甲にそれなりの硬度のある金属。両足には別の金属が仕込んであるコンバットブーツ。
女性の体には十分に重いはずだが、もう何年の前からこの装備で世界を歩いてきたクレフォースにとっては慣れたものである。
クレフォースの考えでは、とりあえず体術のみで相手をしなければならないと考えていた。
実力の程では自分を倒せるまでいけるか、少し分からない。
依頼者からは自由にしていいといわれていたが、それはそれで困ったものである。
カエルの斬撃はすべて手甲によって軌道をずらされ、焦りを感じていた。
世界中を旅して手に入れたと思われる体力。
一向に疲れが見られない。
ついには強い脚力を持って攻撃され始めている。
何か靴に仕込んであるのか、一発一発が重い。
剣の間合いを取ることも出来ない。
カエルの足が崩れる。
しかし、カエルは自分の体制が崩れるのを利用した。
不意に下がった大勢でクレフォースの隙を作る。
(ジャンプ斬り)
下から、カエル自身の持つ脚力で斬り上げる。
その攻撃にクレフォースは反応が遅れてしまい、斬られる。
体が上下に交差し、カエルはクレフォースを飛び越え着地。
すぐに振り返る。
クレフォースは斬られた腕を押さえた。
深くはない、十分に避けられたものでもあった。
だからといって、浅くはなかった。
「まあ、よくやったといったところか」
クレフォースはニヤリと顔を向けた。
「避けられたはずだ、が」
構えをとかず、クレフォースを見るカエル。
「確かに避けられたかもしれないな。
でもそれでは試練にならないだろう?」
と言いつつ、クレフォースの額から汗がひたりと流れる。
(限界だったのか?)
「では第二の試練だ」
簡単なことである。
クレフォースはそう思っていた。
相手の実力とこれから与える力の弱点を知らせればいい話だ。
実体験として。
としたものの、どのような試練にするか悩んでいたのは事実。
とりあえず戦ってみてから考えるか、というは、実際行動をしてから考えるという自分の旅の信念に近いものがあると今さら思う。
ずいぶん行き当たりばったりではあるが、この性格なかなか直らないものであると考えながら、クレフォースは小さく口を動かした。
(呪文か)
カエルは身構え、自分の魔力を掴む。
●ヒール
クレフォースの傷が瞬時に消えた。
(魔法の構成も見られなかった? 魔力の流れは少し違ったようだが)
クレフォースは何が起きているかわからないカエルを見て眼を細くした。
カエルは身震えを感じ、足に力を入れ、剣を握る。
クレフォースに向かい突進をし、一閃。
しかし、その目の前に白い光が被さる。
足が地面から離れる。
カエルがそれに気づいたときには、冷たい風の衝撃が全身を打ち付ける。
引きずられるような形で、数メイトル飛ばされる。
カエルがその風の範囲から避け、体勢を立て直すと同じ風が向かってきた。
(魔法ではないが、魔力を感じる。詠唱がないから異国の兵器か)
二発目の風も避けながら、冷静に分析する。
そして、その兵器の特性を見極めようとしていた。
クレフォースもカエルが、この力を待っていることに気づき、動きを止めた。
カエルが次の手を考えようとしたとき、クレフォースはカエルに急接近してきた。
「くっ」
バランスの悪い中、カエルはクレフォースが放つわざに防御にはいる。
●踵落とし
ダンッ
クレフォースの放った蹴りは地面を打ち付ける、弱い地面は簡単にえぐれた。
危険と判断したカエルは持ち前の脚力でその攻撃そのものを避けていたのだ。
カエルはすぐに剣を動かす。
「破!」
魔力を練りこんだ剣により、周囲の圧力を巻き込んだ大きな流れを作り出す。
クレフォースは手甲を前に出し、同時に発動。
●プロテクト・フォール
クレフォースの発動した何かがカエルの魔力を霧散させる。
それを見たカエルは、クレフォースが魔力を使った何かを行っていることに気づく。
少し間をとりカエルは考えながら、クレフォースの様子を見る。
体力の消耗も、疲労も見られない。
顔に出ないだけかとさっきは思っていたが、どうも動きが鋭くなってきている気がする。
そこにクレフォースから魔力の流れが見えた。
●ヒート
力を持ったな何かが、湿った空間であるこの洞窟が一気に乾く。
クアォォォォオォンン
ファイガに近い熱風がカエルを襲う。
(もし防げなければ終わりだな)
そうクレフォースは考えていた。
依頼者から明示されたのは、『エレメント』の使い方。
今や一般技術に取り込まれつつあつ、この『エレメント』と言う技術。
それをカエルが実戦で使えるようになる程度というなんともあやふやな形で言われていた。
それを言われてクレフォースが一番初めに浮かんだのは、『エレメント』の有効性はどこにあるかというものであることと、ついでに未知の力に対する対処法である。
『エレメント』というのは、魔法に比べて詠唱時間が少なく、使用する魔力もそれほど多くないなどの利点がある。
だが、与えられた力をただ使っているだけではその不利な点が見えにくくなる。
本当の実戦それを知ってからでは遅すぎる。
だから、カエルには実体験としてエレメントの利点と不利な点の二つを示そうとしていた。
(まあ、どうやって知らしめるかを考えたのはついさっきだが……)
しかも、カエルの場合はグランドリオンとか言う聖剣を手に入れる前と時間制限があったため急いでここまで来たのだ。
はじめこの風の洞窟に入った時も急いでいたため奇妙な空気を作り出してしまっていた。
ここまでしなければならないと面倒だと思いつつ、受けた借りは返さなければならないのがこの世界である。
(だが、自分の身を滅ぼすほどの借りを作ったもの。
それに対する世界のバランスがいま崩れようとしているの事実である。
世界の理の、いや自分の種族の理をもつ自分としてはなんとも苦しいものだろうか)
クレフォースは思考をやめ、次のエレメントを手に持つ。
「何を掴んだ?」
(カエルの声!)
気配に向けて放つ。
●ウィンド
ヒートの熱気残る中、それを巻き込んで風を作り出す。
(避けたか)
手ごたえがなかった。
その姿を見失い、全方位へのエレメントを発動させる。
●ヘルプラント
『エレメント』の力に答え、そこから放たれる魔力が形作る。
巨大な植物の口が洞窟全体の生物を呑み込もうとした。
そこに、魔力を含んだ斬撃がそれ自体、巨大な植物を消した。
エレメントで作り上げられた植物が消え、クレフォースは手をあげた。
「私の負けだカエル」
突き立てられたのは、剣。
幾つか打開の策は浮かんだが、クレフォースはそれを全部消し去った。
それを見たカエルは、何を言うでもなく剣を鞘に収めた。
「この魔力で破壊できる、その力は何だ?」
「これが君に与える次の力だ。ステップアップおめでとう」
「次の力?」
「そうだ。私が本気で使えば君の魔力で防御できないのは今のカエルなら分かるだろう?」
確かに。
魔法が使えるようになり、魔力の流れが見えるようになったカエルから見れば、この魔女がどれほどの魔力を持っているのか感じられる。
しかしどこか引っかかる。
「何を知っているんだ魔女よ」
「大抵のことは分かっている。
なんせ、私たちの一族は知識を集めるために世界を旅しているのだからな」
カエルはこれで、この世界の謎がすこし明らかになるかもしれないということが浮かんだが、この魔女にやられたいままでのことを考えると容易な話ではない。
あるいは、さらに複雑な事態が待っていることを予感せざるえなかった。
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