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第86話「ボッシュ、ボッシュ、ボッシュ」
機関車はヘケラン山を抜けると西南方向へと進んだ。
現在のメディーナは首都メディーナの他に2つの都市がある。
一つは過去の時代にパレポリ海軍と遭遇した土地に築かれた軍事都市「南メディーナ」、もう一つは西南に築かれた学問と経済の中心都市「ボッシュ」があった。
クロノ達を乗せた機関車はボッシュの街へ向かって走っていた。
ボッシュの街へ近付くにつれて人家が見え始め、草原が整備されて行くのが見える。
街は多くの緑があり、石畳に煉瓦の建物のトルースの雰囲気とはまた違って、暖かみのある明るい町並みが見えてくる。
「よぉ、着いたぜ!はっはっは、終点だ!さぁ、降りた降りた!っといっても、外にホームはねぇがな。」
カルロが大声で眠っている二人を起こした。
「…ふわぁ………着いたのか?」
「おぅよ!ボッシュの街へようこそ!」
「…ボッシュ。………えぇ!?ボッシュ!?!」
クロノは耳を疑った。
カルロが不思議そうに尋ねる。
「どうかしたかい?」
「いや、本当にここはボッシュって言うのか?」
「そうだぜ!メディーナの建国の父の名さ!」
「建国の父?」
クロノの不思議そうな目に、カルロが自信満々に話し始めた。
「…その昔、メディーナをパレポリが大船団を率いて恫喝にきた時、ボッシュ様は俺等に勝つ為の策を示し、一致団結して国難の危機から救って下さったのさ。
それ以来ボッシュ様を慕う俺等メディーナ人は、ボッシュ様が住んだこの地に集まり、ボッシュ様から様々な教えを請い、現在の繁栄を築いたというわけさ。へへ、ま、ガキでも知ってる話さ。」
カルロの話はクロノも驚くべき内容だった。
思わず言葉が漏れる。
「…へぇ〜。あのボッシュが…」
「お?クロノはボッシュ様と会ったことがあるのかい?」
「あ?あぁ、まぁ、それなりに…」
「おぉ、そいつぁすげぇ!一度話を聞かせてくれよ。」
「ははは、あぁ。まぁ、いつか…な。」
クロノは苦笑しつつ機関車を降りた。
カルロが降りたクロノ達に線路からの出口を教えてくれた。二人はそれに感謝を告
げると、彼の言葉に従ってまず線路をでて駅前の広場に出た。
街はこの時代のトルースの同様に混み合い騒がしかったが、活気が違っている様に思えた。何より人々には笑みが溢れ、談笑しながら通りを行き交っていた。
クロノはこの表情の違いに正直に驚いたと同時に、メディーナの活気を見て自分の知る過去のトルースの姿を重ねていた。
「クロノ、これからどこへ行くつもり?」
「そうだなぁ、折角ボッシュの名前が出たんだ…ボッシュに会いに行ってみようぜ。」
「さっきも知り合いみたいな話振りだけど、どこで知り合ったの?」
「ん?大昔からの縁さ。」
「何それ?」
「ははは、まぁ、とりあえず何処にいるか探してみようぜ。ま、随分と有名らしいからすぐわかりそうだな。」
二人は街を歩いてみた。すると、二人の予想に違わずボッシュの名は沢山出て来た。しかし、その量は半端じゃ無かった。
ボッシュ通り、ボッシュ銀行、ボッシュビル、ボッシュ書店、ボッシュ料理店、ボッシュ病院………街の至る所にボッシュの名が溢れていた。考えてみれば当然で、この街の名はボッシュなのだから、至る所にボッシュの名があっても何ら不思議は無い。
二人はどこから取っ掛かりを付けて良いのかわからない程の量に困惑していた。
「なんなの?全部ボッシュじゃない!」
「す、すげぇなぁ。さすが街の名もボッシュ。ボッシュづくしってわけだ。逆に分かりにくい。」
「こういう場合は書店や図書館に限るわね。さっき見たボッシュ書店へ行ってみましょう。」
「あぁ。」
ボッシュ書店は駅のすぐ近くのボッシュビルの1階にある書店で、その上にはボッシュ料理店の看板がある。書店の中は広く様々な書籍が所狭しと並んおり、本の種類によってコーナーが分けられていた。
店頭には週刊誌などの雑誌が並び、奥には小説や写真集など様々な専門書が並んでいる棚があった。
シズクは迷わずに教育書籍のコーナーに進んで行った。
「教科書のコーナー?」
「そう。ここが一番私達には必要なコーナーね。」
シズクは棚の本を物色する。
その中から近代メディーナという、高校教育用の教科書を取り出し目を通す。
「メディーナ語が読めるのか?」
「えぇ。メディーナ語は元はジール語なの。元々魔族の人達は一番ジールの文化を多く継承しているから。でも、それは基本的には世界の言語も同じで、難しそうに見えるけど、単語の文法的語順の関係とかは現代ガルディア語と一緒なのよ。あ、ほら、ここの並びなんか見てみて。この単語はガルディア語もジール語から派生したということがわかる言葉ね。」
「本当だ。これは国って言葉か?」
「そう。基本的には大きくガルディア語と違わないから、ガルディア語からメディーナ語に入るのはそう難しいことじゃないわ。」
「へぇ。」
「でも、面白いことがわかったわ。この国ではガルディアの人々も本当に多く暮らしているそうよ。だから教科書もほら、そこなんか表紙のタイトルはメディーナ語だけど、ガルディア語の教科書よ。まぁ、町中でも結構ガルディア語の看板もあったしね。」
シズクはその書籍を指差す。
クロノはそれを手に取り開いた。
「本当だ。」
「この本屋にはガルディア語の本も多く置いてあるわ。第二言語的位置付けみたいね。クロノも自分で見たい本を探してみるといいわ。」
「あぁ、じゃぁ、俺も他を見てくる。」
二人は暫く本を立ち読みした。
そこで分かったことは、カルロの言っていた通りの事が歴史として残っており、まだボッシュは生きており、この時代では国立研究院というメディーナ科学の最高機関で研究を続けているということであった。
二人はそれを知ると、早速マップコーナーで立地を調べて店を出た。
国立研究院は街のど真ん中にドデカイ敷地を構える複合教育施設で、国立研究院施設を中心にボッシュ大学やボッシュの街の教育機関が林立している。
敷地の広さから、徒歩で行くより駅前から出ている無料送迎バスを利用した方が良いとガイドでは解説しており、二人もバスを利用することにした。
駅から研究院までの所用時間は30分。
多くの木々で囲まれたキャンパスの中に、手入れの行き届いているちょっと変わった庭園があり、その庭園の中央に目的地である国立研究院の豪華で奇抜な建物が立っていた。
門前には警備員が立ち、鋭い視線を周囲に張り巡らせている。そこにクロノ達が門を通過しようとすると、警備員がその進路を妨害した。
「許可は受けていますか。当研究院への出入りは一般の方の立ち入りを禁止しております。」
「許可は無いが、古い友人のクロノが来たとボッシュに伝えてくれないか。」
「そのような要求はお受けできません。紹介状または許可証が無いのでしたら、残念ながらここをお通しすることは出来ません。お帰り下さい。」
「そこを何とか頼む!ボッシュに伝えてくれるだけで良いんだ!な?上司か誰かでも良いから俺の言っていることを伝えてくれないか。」
「申し訳有りませんがこれは規則ですので、我々の一存で変更できることではありません。お帰り下さい。」
そう言うと警備員は二人を押し戻すかの様に一歩前進してきた。
クロノは手荒な真似はしたくなかったので、仕方なく引き下がることにした。
そんな彼にシズクが不満そうに言った。
「強引に入っちゃえばこっちのもんだったんじゃないの?知り合いなんでしょ?」
「まぁな。でも、この国でもお尋ね者はさすがにまずいだろ。」
クロノはそう言うと苦笑した。
シズクもそれをみて、なるほどと納得して自分も苦笑していた。
二人はバスで再び駅へ戻ることにした。
バスが駅に着く頃には空は夕焼けの黄色に染まり、二人は空腹を感じ始めていた。
「…腹減った。今日の宿を探そう。」
「そうね。」
「金も有ることだし、安宿は良くないんだろ?普通の所に泊まろうぜ。」
「フフフ、学習したのね。」
「…おいおい。」
二人は駅前のホテルに入った。
そのホテルはそれなりの外観を備えた街に合った洗練された雰囲気を持っており、エントランスからフロントまでの作り込みは、トルースのホテルにも負けない静かだが品の良いものだった。
「いらっしゃいませ。」
「泊まりたいんだが、部屋はあるか?」
「お客さまは、御予約はされていますか?」
「いや、すまないがしていない。なんとかなるか?」
「わかりました。では、どの程度のお部屋を御所望でございましょうか?スイート、ビジネス、エコノミーの3タイプを御用意しております。エコノミーでしたら価格も50Gとお安く御提供させてい頂いております。」
クロノはシズクの方を振り向いて聞いた。
「どうする?」
「そうねぇ、ビジネスでも良いんじゃない?」
「そうか?なら、ビジネスで頼む。」
「ビジネスでございますね?わかりました。価格は100Gですが宜しいですか?当館では料金を前払いで頂いております。」
クロノは財布をポケットから出そうと手を突っ込んだ。しかし、ガサゴソとするが、あるはずの物が無い。…額から汗が滲む。
シズクがいつまでたっても財布を出さないのを見て心配し、恐るべき予想を察知する。
「もしかして…?」
「…あぁ。」
「どうして!?ちょっと、ちゃんとよく調べてよ?」
二人のやり取りを見て困惑する従業員をよそに、二人は必死に探し始める。
「お客さま…」
「ちょ、ま、待ってくれ!今探しているから。」
クロノは必死で探したが、元々軽装なので調べるべき所は限られていた。
「……ない。」
「………」
二人は思わず石の様にその場にピシっと固まった。
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