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クロノプロジェクト第90話(シーズン2第6話)「発車」
ボッシュ駅
「えーと、えーと、試練の洞窟へ行くのは…」
シズクは駅の路線図を眺めていた。
路線図には様々なラインが出ていた。確かに首都より先に試練の洞窟という駅がある。
「あったあった、えーと、これは四番線ね。」
彼女に従ってクロノはその後を歩いた。
改札で切符を見せてホームへ。
一番ホームから地下の連絡通路に入る階段を降り、そのまま四番ホームへ。
丁度夕方に差し掛かってきており、多くのビジネスマンや学生が歩き、帰宅ラッシュが始まろうとしていた。
四番ホームへ上ると、そこには既に列車が止まっていた。
見るとその列車は寝台車になっており、切符の指定席も寝台車に合わせてあった。その列車の終点が試練の洞窟になっており、乗ればそのまま試練の洞窟まで寝ながら行けるらしい。
「しっかし、すげーよなぁ。この機関車って奴はトルースのもメディーナのも、でけーのに速いよな。ほんの僅かな未来だぜ?信じられるか!?」
クロノは目を輝かせて見ていた。
これまでの旅では感心している暇もなかったが、こうして改めて余裕を持って眺めていられる時間が与えられると、初めて見た時同様に驚きと感動を感じていた。
「はいはい、そうね。」
そんな彼の感想を他所に、シズクは粛々と事態を運びたい気持ちでいっぱいで、切符を眺めながら目的の車両を探していた。
「7号車のA1とA2だから……最後から二両目ね。」
シズクは探しながら考えていた。というのも、他のホームには沢山の人がいたが、このホームにはそれほどの人数はいない。たぶん、このホームは一般客はあまり利用しないホームなのだろう。…つまり、今ここで待っている人々または乗り込む客全てが試練の洞窟へ向かう可能性が有るということ。
車両は八両編成で寝台車という割には長い列車ではない。途中停車駅に首都メディーナが設定されている所を見ると、そこで新たに乗り込む客または客車の連結があるのだろうか。何より気になるのは、試練の洞窟は「そんなに小規模」な試験なのだろうか。
彼女は書店で見た教科書コーナーの事を思い出していた。
そこには確かに「対策!試練の洞窟」とか、「絶対受かる!試練の洞窟」などといった受験参考書が一つのコーナーを作る程の大きな割合を占めていた。つまり、この国でこの試験はとても重要なポジションを占めているということ。それがこれほどの小規模な車両で運ばれる事に違和感を覚えた。
あの時興味も無かったので読まなかったが、仮に年に一度であるなら、この車両だけではなく沢山の本数があるだろう。しかし、このホームは特別なホーム扱いのようで、他のホームに有るような時刻表や広告といった掲示物は無かった。
何れにせよ、この列車に乗らなければ話は始まらない。彼女は目的の車両を見つけると、先導するように乗車した。
車両の入り口は各車両の端に一つだけ有り、押しボタンを押すとドアが開き入る事が出来る。車内に入るとすぐ向かい側にはもう一つ乗車口があり、向かい側ドア側に廊下が作られていた。廊下に入る前に内扉があり、入り口と客車が隔離されていた。二人の乗車した車両は、左側が8号車への連結部の入り口で、右側が7号車内への扉だった。
彼女はドアノブを持ってスライドドアを開け入ると、車内は幾つかの部屋に分かれている様で、右サイドには数えたところ4つドアがあり、左サイド壁面には少し大きめの頭から膝丈ほどある大きな車窓が並び夕日が射し込んで輝いていた。幅は人二人分の幅で、すれ違うには十分といった程度だが、その分部屋は広いのかもしれない。
二人の部屋は6号車側ドア付近の部屋だった。部屋のドアにプレートで「A01〜04」と出ており、どうやら二人の他にもう二人いる計算だ。
シズクがドアを開けると、中は正面に廊下と比較すると控えめな車窓とテーブルと呼ぶには小さな棚がはりついている。そして、両サイドに二段ベッドが備え付けられていた。切符に表示されていた指定席のベッドは入って右側の二段で、下がA01で上がA02だ。二人はそれを見て上をシズクが、下をクロノが使うことにした。
向かい側のベッドには既に横になりながら本を読む15〜6程度の少年が下のベッドに、上にはかなり頭の良さそうな顔をした大学生程度の青年が荷物を整理していた。彼らは二人の入室にも我関せずの態度で無反応だった。彼らの人種は勿論二人とも魔族だ。
「やぁ、君たちも試練の洞窟へ行くのかい?」
クロノが問い掛けた。
二人は彼の問い掛けに振り向くが、何も返事をせず自分の作業を再度始めてしまった。
彼らの反応に内心腹が立ちつつも冷静に続ける。
「なぁ、まぁ、短い間だけど宜しくな。俺はクロノって言うんだ、上にいるのはシズクって言うんだ。」
「宜しくね!」
今度はシズクもクロノの紹介に合わせて笑顔で声を掛けた。すると、彼女の声に反応して二人は「宜しく」とぼそりと答えた。
覇気の無い返事に、内心彼女もいらいらが積もり始める。
「もう、大の男が揃って元気ないわねぇ。どうして?」
シズクの問い掛けに、ようやく大学生風の青年が振り向き答えた。
「どうして…って、君達知らないの?」
「何を?」
その時、車内放送が入り、会話が一時的に止まる。
「この列車は只今より、終点試練の洞窟へ向けて出発致します。現地への到着は9時間後、途中メディーナ駅で停車致します。それでは受験者の皆様、ご健闘をお祈りしています。なお、受験者の皆様は当列車4号車にございます食堂を無料でご利用になれます。ご利用の際は切符をお持ちになってお越し下さい。皆様のご利用をお待ちしております。」
プラットホームでも発車の合図の音楽が流れていた。
それが鳴り終わると、プシューという音と共に機械的な音が入り、ドアが閉まったようだ。
一瞬の静寂。
ガタンという音と共に、列車はゆっくりと線路を走り始めた。
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