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第17話「不可解な人質」
「…あれじゃ、まるで人質だよね。」
「…うん。」
トール・ケーニヒの言葉にミリアリア・ハウが頷く。
いや、その思いはこの場に集まる誰もが感じていた。
あの時のあの通信内容を聞いた者なら、軍のやる事の汚さに幻滅を感じるのは無理も無い。食堂で同じ食事を取れること、休みが与えられた事は素直に有り難い事だが、何か納得が行かない良心の呵責を感じていた。
「…でも、あの場で大佐が言わなかったら、僕達どうなっていたんだろう。」
「………。」
カズイの指摘はいつもながら的を射ていた。
あの時にジェインウェイの通信が発せられなかったとしたら、ブリッジの指揮官達は打開策を見出せたとは思えなかった。少なくとも、ブリッジクルー達よりジェインウェイは一枚も二枚も上手だったことは間違いない。
「そういえば、キラは?」
ミリアリアがトールに尋ねたが、彼は首を横に振った。
彼女の問いにはサイ・アーガイルが答えた。
「さっきマードックさんに呼ばれて整備に向かったよ。…キラも複雑だろうな。あいつ、口では助かって良かったとか言ってたけど、相当無理している。
フレイの件以来、塞ぎ込みがちだろ?いや、それ以前からMSに乗って戦うってこと自体、凄い負担だと思うんだ。それでも正義感…って言うのかな。あいつなりに信じてやってきたと思うんだ。それが、今回はまるで悪者だろ。」
「…悪かろうと、生き残らなきゃ意味が無いじゃない。」
彼らのテーブルの横に水の入ったコップを手にしたフレイ・アルスターが現れた。
彼女はトレーニングウェアを着て、その首にはタオルがかかり、顔は汗ばんでいた。
コップの水を一口飲むと続ける。
「私は大佐の行動を支持するわ。使えるものを使わないで死んだって、誰も褒めはしないわよ。」
「だけど、物事には…」
「あらサイ、なら…私達はあの場で正義の味方ぶって、悪役に大人しく殺されろとでもいうの。私は真っ平ごめんよ。悪者?上等よ。悪かろうが生き恥晒そうが、勝たなきゃ何も言えないもの。…パパの様に。」
「……フレイ。」
サイはそれ以上言えなかった。
彼女はそれを言い終えると、食堂のカウンターの方へ歩いて行った。
艦長日誌
先の戦いはクルー達に動揺をもたらしていた。
彼らは若く正義感に燃えている。だが、戦争は時に残酷な状況に出くわすものだ。その場で悪魔と罵られようと、冷徹に決断出来ずに生き残る事は出来ない。そして、それを理解しつつも、人とはとても繊細な生き物だ。
「…大佐、思惑通りに時間は取れ、我々は順調に航路を月艦隊に向けて進めています。」
「…そう。」
バジルール少尉が私に現在の状況を報告した。
その後、彼らは一様に押し黙っていた。
私は一息溜息を吐くと、彼らに話しかけた。
「…皆さん、納得が行かない様ね。まぁ無理も無いわ。でも、私達は正義の味方でも何でも無い。軍人よ。課せられた使命を遂行する事にのみ、その能力を使わないといけない。
ただし、私も人道を理解している。貴方達が良心の呵責に苛まれるだろう事もまた。だとしても、誰かが悪者にならなければならない時もあるのよ。
誰か一人が悪者になることでクルーが救えるなら、私は躊躇わず悪魔にでもなる。それだけのことよ。」
彼らには少々辛辣かもしれないが、これまでの経験上、ここで引いては何も良い結果は生まない。
そこにフラガ大尉が挙手し発言を求めた。私はそれに頷いた。
「自分は大佐の行動は仕方ないと理解しています。自分も同じ立場なら、同様の指示を出します。」
彼の言葉にバジルール少尉も続く。
「私も大佐を支持します。むしろ、大佐に感謝しています。本来であれば作戦指揮を任された我々がしなければならなかったことを、大佐が代行してくださり…正直、安堵しています。」
バジルール少尉は自身でもその策を過らせていた。だが、それを決断する余裕を見出せず後悔していた。
ラミアス大尉もまた、彼女の言葉に続く。
「…私も、助かりました。申し訳有りません。」
まるでそれは雪崩を打つ様に、その場の参加者が皆感謝と支持を始めたのだ。さすがの私もこの状況には苦笑する他無かった。
「…もうやめて。ここは何かの宗教かしら。私は、やるべき事をしただけ。誰に感謝される話でも無いわ。もし何か悔いる事が有るなら、次は気をつければ良い。さぁ、私達がすべき事をしましょう。以上、解散。」
ZAFT軍ヴェサリウス内アスランの執務室には、アスランの他にグラディスとアデスの姿があった。
彼らは椅子に座りコーヒーを手に会話を始めた。
「まったく、呆れる程間の悪い話ね。本国の要請通りにクライン嬢は見つけた。でも、敵に保護され人質にとられ、あの最高のタイミングで…お陰でキグナスは大ダメージよ。」
そう口火を切ったのはグラディスだった。その表情は晴れやかとは言えないが、それも当然だ。この場で一番活躍しながら、一番割を食ったと言えるのが彼女の艦だった。
損害を覚悟の上で攻撃を仕掛け、後少しという所で逃す結果となった現状は腸が煮えくり返る程度では済まされない。クルーにも死者が出たのだ。怒らない方がおかしいくらいだ。
「グラディス艦長………今回は本当に申し訳有りません。私に非情さがあったなら…あの場で仕留めることも出来たと思います。」
「アスラン!?」
アスランの言葉に一番驚いたのはアデスだった。あの温和なアスランがこのような事を言ってのけるとは夢にも思わなかった。しかし、この言葉は彼女に対して十分な牽制となった。
彼の言葉に同意すれば、彼女はクライン嬢を見殺しにする事に同意する様な話だ。軍人として忠実な彼女からすれば、上層の命令は絶対である。
「…良いのよ。結果はどうあれ見つかった。後はどのように奪還するか。状況はより深刻よ。足付きを倒せばクライン嬢が死に、クライン嬢を生かせば足付きも無事。
生きたまま奪還するとなると、当然白兵戦も視野に入れざるを得ない。私達の戦力に白兵戦要員なんていないわよ。まさか、鹵獲同様にあなたがやる気。」
彼女の言う通り、事態はより深刻な方向と言えた。
彼女の奪還を考慮に入れると攻撃オプションが限られる。
だからと出来ないと言って帰る事が出来るわけでもなければ、このまま足付きをジョシュアに行かせるわけにもいかない。
だとすれば、彼らは「どちらも」遂行出来ないといけない。
「…クルーゼ隊長ならば、私にこう言うでしょう。彼女を生かすのが難しいならば、彼女の亡がらを抱き泣いて見せるくらいの芝居は求められる…とでも。
自分が泣いて済むのであれば、それでも構いません。だけど、問題はそこじゃない。見殺せば、父はシーゲル様と事を構えることになります。そうなれば…ZAFTは。」
アスランの口調は淡々としたものだったが、その内容はその場に居るものを凍らせるには十分な内容だった。
多少落ち着いたグラディスが言う。
「…国防委員長閣下の意図はわからないけど、少なくとも議長は彼女の生還を求めているでしょうし、国民もそれを望んでいるというのが本国の声でしょうね。
まったく、足付きを倒しても倒さなくても、火に油を注ぐ様な話よ。…あなた、この戦いは何処まで行けば良いと思っているの?」
「…そんなことわかりませんよ。もう来る所まで来てしまった。現状は我々がまだ押しています。その間になんとか出来れば良いのですが。そもそも、私は政治家じゃない。」
「あら、いずれは貴方もお父上の様に立つことになるんじゃないかしら?」
「…そんな先のことはわかりませんよ。」
アスランはそう言ってカップを口に運んだ。
彼の言う通り彼らが何を考え行動しようと、事態は彼らの意図するものとは逆の方向に進むばかりだった。
ジェインウェイはいつものシャトルアーチャーでの定例会議を招集した。
ドレイク級の改修作業も終わり、艦隊が月へ向かって全速で航行を始めた事で余裕ができたのだ。
表向きはいつもの様にお茶会としてお菓子を持ち寄っての座談会だ。
「セブン、トゥヴォック、エンジン改修作業ご苦労様。」
「社長、礼には及ばない。我々はすべき任務を全うしたまでだ。だが、感謝は受け取ろう。」
セブンの言葉に私は思わず笑った。その反応に彼女は訝しげにしていたが、そんな反応がまたおかしかった。
トゥヴォックがそこに咳払いをして状況説明を始めた。
「…我々は現在、月軌道に向けて航行しています。到着はこの速度であればそう時間は掛からないでしょう。しかし、問題は到着してからです。いくら我々が偽装しようとも、本物の軍部との接触は少々危険を伴うことが予想されます。」
「それは承知しているわ。でも、出来れば向こう側の上層と話が出来ると良いのでしょうけど、現状ではヴォイジャーとの通信も出来ないから、出たとこ勝負になるでしょうね。」
「いえ、ヴォイジャーとの通信は確立しました。」
彼の発言は唐突で、さすがの私も目を丸くした。
「なんですって、いつ?」
「暗礁宙域離脱後にチャネルが開けました。ただ、チャネル発信元はボイジャーではなく、シャトルコクレーンからのものでした。」
「で、どうなって?」
「話によれば、副長が連合軍の大西洋連邦の上層との接触に成功したそうです。彼らは我々の救出に乗り気で、援軍を派兵する用意があると告げたそうです。」
「援軍ね。で、その上層の人間とはどんな人物なの?」
「副長からの報告では、ムルタ・アズラエルという、いわゆる主義者の最高幹部とのことです。」
「ブルーコスモスね。信用に値する人物なのかしら?」
「それは何とも。ただ、副長はそう考えられる人物だと見ているようです。」
「そう、わかったわ。後で私の方からも通信をしてみる。以上、解散。」
主義者の最高幹部が我々に興味を示したというのは話が早い。
私は副長との通信の上で彼の情報を頭に入れた。
彼らはいまだ劣勢にある軍の立て直しに躍起になっている。そして、我々の元にやってきた3隻の艦も彼の指示によるものらしい。
彼は軍とは別の独自の情報網があるらしく、不明のはずのアークエンジェルの位置をある程度推定出来ていたという。…でなければ援軍などやってくるわけは無いが、その背景は気になった。
アークエンジェルの展望室で一人涙を流す少年の姿があった。
キラはこれまでの様々な出来事を思い出し、胸を詰まらせる思いを感じていた。
人を殺してしまった事、フレイの父を守れなかったこと、同じコーディネイターである少女を人質にして生きている事。そのどれもが彼の脳裏を埋め尽くし、安息させる暇を与えない。
普段は作業に没頭することで何とか堪えていたが、先日の一件はそうした緊張の糸が切れる出来事だった。
今度の自分は悪役としての役回りで、これで人殺し、役立たずとくれば最悪ではないかと自問自答し、そんな自分に耐えられず涙が溢れてきて、それを止めたくても止められずに溢れる涙に、様々な感情が堰を切って押し寄せ声を出して泣いていた。
「…どうなさいましたの。」
「テヤンディ!」
そこに現れたのは、桃色の髪の少女だった。
彼女の周りをハロがポンポンと跳ねる様に漂っている。
「ぁぁ!何やってんですか?こんなところで…」
「お散歩をしてましたら、こちらから大きなお声が聞こえたものですから。」
「お散歩って…、だ、駄目ですよ…勝手に出歩いちゃぁ……スパイだと思われますよ?」
キラは涙を拭いながら言った。
彼女はそんな彼に悪戯っぽく微笑む。
「ふふ、このピンクちゃんは…」
「ハロー。」
「…お散歩が好きで…というか、鍵がかかってると、必ず開けて出てしまいますの。」
「ミトメタクナイ!」
彼女の答えにキラは溜息をつくと、彼女の手を握る。
「…あぁ…とにかく、戻りましょう。…さぁ。」
「ふふ、戦いは終わりましたのね。」
「…えぇ。まぁ、…貴方のお陰で。」
キラの顔をにこやかに覗き込むラクス。
しかし、彼の顔は晴れない。
「…なのに、悲しそうなお顔をしてらっしゃるわ。」
「……僕は…僕は、本当は戦いたくなんてないんです。それに、アスランは…。貴女も僕と同じコーディネイターなのに、人質にするなんて…。」
キラは思い詰めた表情を再び始めた。
彼女は彼の苦悩の深さを感じ取り、自分の手を取る手にもう片方の手を添えた。
「…気に病む必要はありません。私は、私の存在が誰かの命を救うのであれば、それで構いませんわ。命に亡くなって良い命なんてありませんもの。出来れば誰もが笑って暮らし、話し合える方が幸せですわ。」
「…でも。」
「…貴方は出来る事をしたのだから、それを気に病む事はありません。それより、貴方がこうして無事で私とお話して下さる…そんな事実の方が、ずっと大事な事だと思いますわ。」
「…あなたは…」
彼がそう言いかけた時、彼女は彼の手を引いて引き寄せる。
彼の体は無重力下で難なく彼女の元に引き寄せられ、そして抱きしめられた。
「…私は、誰でもない、ただの一人の人ですわ。」
キラは彼女の胸で再び涙をこぼした。
その姿をそっと廊下の影から覗く視線が有るとも知らず。
「…不本意だけど、私達の艦はこのままの戦闘継続は無理の様ね。我々の方から移せる人員はそちらに移したから、彼らの事はくれぐれも宜しく頼みます。」
「はい、グラディス艦長。」
「悔しいけど、アスラン・ザラ、期待しているわよ。」
「はい。」
「また会いましょう。ZAFTの為に!」
「ZAFTの為に!」
グラディスとの通信が切れた。
執務室の椅子に背を深く沈めると、彼は思索耽た。
グラディスのナスカ級キグナスは左翼部の損傷の程度が重く、戦闘継続は困難と判断し本国へ帰投することになった。
戦力の減少は痛いが、これまでの働きを考えれば十分な戦功を立てている。彼女は本国に帰投後昇格することが決まっており、内容としては凱旋帰国と言える。
また、アスランへも唐突なフェイス昇進ではあったが、それに見合った結果を出しているということもあり、本国からネビュラ勲章の授与が伝えられた。そして、新たな援軍が派遣されることが決まった。
日程的には連合の月艦隊への攻撃に合流させるというものだったが、近傍宙域にそのような事が可能なほどの船速を誇る船は存在しないため、リップサービスと割り切り溜息を付くのだった。
「…ラクス、何であんなに嬉しそうだったんだろう。」
不可解な程ににこやかな彼女の表情は、誰かに強制されて言わされているという感じは受けなかった。
どちらかといえば、とても自然に寛いでいる様な印象を受けた。ただ、不可解という言葉を使いつつ、彼女にとってはそれが普通の様にも感じられ、自分自身で何を言っているのだろうと自問自答する様な話でもあった。
思えば彼女との関係は仲睦まじいとは言えなかった。勿論、喧嘩する程の険悪さはない。だが、喧嘩する程お互いを深く知っているわけでもなかった。
有るのはぎこちないながらも彼女との関係をとろうと努力する自分と、それをにこやかに受け取ってくれる健気な彼女。
正直な感想を言えば、こんなものは飯事の様なもので、彼女の方がそれをずっと上手く演じていた。
それでも、あれ程自然に寛いでいる顔を見た事が無い。
彼女の身辺には四六時中SPが付き、外出するにも自由が有るわけではないことは知っている。
アイドルとして、親善大使として、彼女は公私ともに拘束された生活を送り、いわば現在の状況は初めての外泊くらいの勢いなのだろうか。
あまり深く考えると頭痛の種になりそうな気がして考えるのを止めた。
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