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【105】Voy in Seed 制作者REDCOW 11/12/19(月) 23:17

【123】Voy in Seed 17 制作者REDCOW 12/2/26(日) 23:59
【124】Voy in Seed 18 制作者REDCOW 12/3/3(土) 1:18
【126】Voy in Seed 19 制作者REDCOW 12/3/19(月) 20:08
【127】Voy in Seed 20 制作者REDCOW 12/3/22(木) 23:26

【123】Voy in Seed 17
 制作者REDCOW  - 12/2/26(日) 23:59 -

引用なし
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    第17話「不可解な人質」
 
「…あれじゃ、まるで人質だよね。」
「…うん。」

 トール・ケーニヒの言葉にミリアリア・ハウが頷く。
 いや、その思いはこの場に集まる誰もが感じていた。
 あの時のあの通信内容を聞いた者なら、軍のやる事の汚さに幻滅を感じるのは無理も無い。食堂で同じ食事を取れること、休みが与えられた事は素直に有り難い事だが、何か納得が行かない良心の呵責を感じていた。
 
「…でも、あの場で大佐が言わなかったら、僕達どうなっていたんだろう。」
「………。」

 カズイの指摘はいつもながら的を射ていた。
 あの時にジェインウェイの通信が発せられなかったとしたら、ブリッジの指揮官達は打開策を見出せたとは思えなかった。少なくとも、ブリッジクルー達よりジェインウェイは一枚も二枚も上手だったことは間違いない。
 
「そういえば、キラは?」
 
 ミリアリアがトールに尋ねたが、彼は首を横に振った。
 彼女の問いにはサイ・アーガイルが答えた。
 
「さっきマードックさんに呼ばれて整備に向かったよ。…キラも複雑だろうな。あいつ、口では助かって良かったとか言ってたけど、相当無理している。
 フレイの件以来、塞ぎ込みがちだろ?いや、それ以前からMSに乗って戦うってこと自体、凄い負担だと思うんだ。それでも正義感…って言うのかな。あいつなりに信じてやってきたと思うんだ。それが、今回はまるで悪者だろ。」
「…悪かろうと、生き残らなきゃ意味が無いじゃない。」

 彼らのテーブルの横に水の入ったコップを手にしたフレイ・アルスターが現れた。
 彼女はトレーニングウェアを着て、その首にはタオルがかかり、顔は汗ばんでいた。
 コップの水を一口飲むと続ける。
 
「私は大佐の行動を支持するわ。使えるものを使わないで死んだって、誰も褒めはしないわよ。」
「だけど、物事には…」
「あらサイ、なら…私達はあの場で正義の味方ぶって、悪役に大人しく殺されろとでもいうの。私は真っ平ごめんよ。悪者?上等よ。悪かろうが生き恥晒そうが、勝たなきゃ何も言えないもの。…パパの様に。」
「……フレイ。」

 サイはそれ以上言えなかった。
 彼女はそれを言い終えると、食堂のカウンターの方へ歩いて行った。
 
 艦長日誌
 先の戦いはクルー達に動揺をもたらしていた。
 彼らは若く正義感に燃えている。だが、戦争は時に残酷な状況に出くわすものだ。その場で悪魔と罵られようと、冷徹に決断出来ずに生き残る事は出来ない。そして、それを理解しつつも、人とはとても繊細な生き物だ。
 
「…大佐、思惑通りに時間は取れ、我々は順調に航路を月艦隊に向けて進めています。」
「…そう。」

 バジルール少尉が私に現在の状況を報告した。
 その後、彼らは一様に押し黙っていた。
 私は一息溜息を吐くと、彼らに話しかけた。
 
「…皆さん、納得が行かない様ね。まぁ無理も無いわ。でも、私達は正義の味方でも何でも無い。軍人よ。課せられた使命を遂行する事にのみ、その能力を使わないといけない。
 ただし、私も人道を理解している。貴方達が良心の呵責に苛まれるだろう事もまた。だとしても、誰かが悪者にならなければならない時もあるのよ。
 誰か一人が悪者になることでクルーが救えるなら、私は躊躇わず悪魔にでもなる。それだけのことよ。」

 彼らには少々辛辣かもしれないが、これまでの経験上、ここで引いては何も良い結果は生まない。
 そこにフラガ大尉が挙手し発言を求めた。私はそれに頷いた。
 
「自分は大佐の行動は仕方ないと理解しています。自分も同じ立場なら、同様の指示を出します。」

 彼の言葉にバジルール少尉も続く。
 
「私も大佐を支持します。むしろ、大佐に感謝しています。本来であれば作戦指揮を任された我々がしなければならなかったことを、大佐が代行してくださり…正直、安堵しています。」

 バジルール少尉は自身でもその策を過らせていた。だが、それを決断する余裕を見出せず後悔していた。
 ラミアス大尉もまた、彼女の言葉に続く。
 
「…私も、助かりました。申し訳有りません。」

 まるでそれは雪崩を打つ様に、その場の参加者が皆感謝と支持を始めたのだ。さすがの私もこの状況には苦笑する他無かった。
 
「…もうやめて。ここは何かの宗教かしら。私は、やるべき事をしただけ。誰に感謝される話でも無いわ。もし何か悔いる事が有るなら、次は気をつければ良い。さぁ、私達がすべき事をしましょう。以上、解散。」

 ZAFT軍ヴェサリウス内アスランの執務室には、アスランの他にグラディスとアデスの姿があった。
 彼らは椅子に座りコーヒーを手に会話を始めた。
 
「まったく、呆れる程間の悪い話ね。本国の要請通りにクライン嬢は見つけた。でも、敵に保護され人質にとられ、あの最高のタイミングで…お陰でキグナスは大ダメージよ。」

 そう口火を切ったのはグラディスだった。その表情は晴れやかとは言えないが、それも当然だ。この場で一番活躍しながら、一番割を食ったと言えるのが彼女の艦だった。
 損害を覚悟の上で攻撃を仕掛け、後少しという所で逃す結果となった現状は腸が煮えくり返る程度では済まされない。クルーにも死者が出たのだ。怒らない方がおかしいくらいだ。
 
「グラディス艦長………今回は本当に申し訳有りません。私に非情さがあったなら…あの場で仕留めることも出来たと思います。」
「アスラン!?」

 アスランの言葉に一番驚いたのはアデスだった。あの温和なアスランがこのような事を言ってのけるとは夢にも思わなかった。しかし、この言葉は彼女に対して十分な牽制となった。
 彼の言葉に同意すれば、彼女はクライン嬢を見殺しにする事に同意する様な話だ。軍人として忠実な彼女からすれば、上層の命令は絶対である。
 
「…良いのよ。結果はどうあれ見つかった。後はどのように奪還するか。状況はより深刻よ。足付きを倒せばクライン嬢が死に、クライン嬢を生かせば足付きも無事。
 生きたまま奪還するとなると、当然白兵戦も視野に入れざるを得ない。私達の戦力に白兵戦要員なんていないわよ。まさか、鹵獲同様にあなたがやる気。」

 彼女の言う通り、事態はより深刻な方向と言えた。
 彼女の奪還を考慮に入れると攻撃オプションが限られる。
 だからと出来ないと言って帰る事が出来るわけでもなければ、このまま足付きをジョシュアに行かせるわけにもいかない。
 だとすれば、彼らは「どちらも」遂行出来ないといけない。
 
「…クルーゼ隊長ならば、私にこう言うでしょう。彼女を生かすのが難しいならば、彼女の亡がらを抱き泣いて見せるくらいの芝居は求められる…とでも。
 自分が泣いて済むのであれば、それでも構いません。だけど、問題はそこじゃない。見殺せば、父はシーゲル様と事を構えることになります。そうなれば…ZAFTは。」

 アスランの口調は淡々としたものだったが、その内容はその場に居るものを凍らせるには十分な内容だった。
 多少落ち着いたグラディスが言う。
 
「…国防委員長閣下の意図はわからないけど、少なくとも議長は彼女の生還を求めているでしょうし、国民もそれを望んでいるというのが本国の声でしょうね。
 まったく、足付きを倒しても倒さなくても、火に油を注ぐ様な話よ。…あなた、この戦いは何処まで行けば良いと思っているの?」
「…そんなことわかりませんよ。もう来る所まで来てしまった。現状は我々がまだ押しています。その間になんとか出来れば良いのですが。そもそも、私は政治家じゃない。」
「あら、いずれは貴方もお父上の様に立つことになるんじゃないかしら?」
「…そんな先のことはわかりませんよ。」

 アスランはそう言ってカップを口に運んだ。
 彼の言う通り彼らが何を考え行動しようと、事態は彼らの意図するものとは逆の方向に進むばかりだった。
 
 ジェインウェイはいつものシャトルアーチャーでの定例会議を招集した。
 ドレイク級の改修作業も終わり、艦隊が月へ向かって全速で航行を始めた事で余裕ができたのだ。
 表向きはいつもの様にお茶会としてお菓子を持ち寄っての座談会だ。
 
「セブン、トゥヴォック、エンジン改修作業ご苦労様。」
「社長、礼には及ばない。我々はすべき任務を全うしたまでだ。だが、感謝は受け取ろう。」

 セブンの言葉に私は思わず笑った。その反応に彼女は訝しげにしていたが、そんな反応がまたおかしかった。
 トゥヴォックがそこに咳払いをして状況説明を始めた。
 
「…我々は現在、月軌道に向けて航行しています。到着はこの速度であればそう時間は掛からないでしょう。しかし、問題は到着してからです。いくら我々が偽装しようとも、本物の軍部との接触は少々危険を伴うことが予想されます。」
「それは承知しているわ。でも、出来れば向こう側の上層と話が出来ると良いのでしょうけど、現状ではヴォイジャーとの通信も出来ないから、出たとこ勝負になるでしょうね。」
「いえ、ヴォイジャーとの通信は確立しました。」

 彼の発言は唐突で、さすがの私も目を丸くした。
 
「なんですって、いつ?」
「暗礁宙域離脱後にチャネルが開けました。ただ、チャネル発信元はボイジャーではなく、シャトルコクレーンからのものでした。」
「で、どうなって?」
「話によれば、副長が連合軍の大西洋連邦の上層との接触に成功したそうです。彼らは我々の救出に乗り気で、援軍を派兵する用意があると告げたそうです。」
「援軍ね。で、その上層の人間とはどんな人物なの?」
「副長からの報告では、ムルタ・アズラエルという、いわゆる主義者の最高幹部とのことです。」
「ブルーコスモスね。信用に値する人物なのかしら?」
「それは何とも。ただ、副長はそう考えられる人物だと見ているようです。」
「そう、わかったわ。後で私の方からも通信をしてみる。以上、解散。」

 主義者の最高幹部が我々に興味を示したというのは話が早い。
 私は副長との通信の上で彼の情報を頭に入れた。
 彼らはいまだ劣勢にある軍の立て直しに躍起になっている。そして、我々の元にやってきた3隻の艦も彼の指示によるものらしい。
 彼は軍とは別の独自の情報網があるらしく、不明のはずのアークエンジェルの位置をある程度推定出来ていたという。…でなければ援軍などやってくるわけは無いが、その背景は気になった。
 
 アークエンジェルの展望室で一人涙を流す少年の姿があった。
 キラはこれまでの様々な出来事を思い出し、胸を詰まらせる思いを感じていた。
 人を殺してしまった事、フレイの父を守れなかったこと、同じコーディネイターである少女を人質にして生きている事。そのどれもが彼の脳裏を埋め尽くし、安息させる暇を与えない。
 普段は作業に没頭することで何とか堪えていたが、先日の一件はそうした緊張の糸が切れる出来事だった。
 今度の自分は悪役としての役回りで、これで人殺し、役立たずとくれば最悪ではないかと自問自答し、そんな自分に耐えられず涙が溢れてきて、それを止めたくても止められずに溢れる涙に、様々な感情が堰を切って押し寄せ声を出して泣いていた。
 
「…どうなさいましたの。」
「テヤンディ!」

 そこに現れたのは、桃色の髪の少女だった。
 彼女の周りをハロがポンポンと跳ねる様に漂っている。
 
「ぁぁ!何やってんですか?こんなところで…」
「お散歩をしてましたら、こちらから大きなお声が聞こえたものですから。」
「お散歩って…、だ、駄目ですよ…勝手に出歩いちゃぁ……スパイだと思われますよ?」

 キラは涙を拭いながら言った。
 彼女はそんな彼に悪戯っぽく微笑む。
 
「ふふ、このピンクちゃんは…」
「ハロー。」
「…お散歩が好きで…というか、鍵がかかってると、必ず開けて出てしまいますの。」
「ミトメタクナイ!」

 彼女の答えにキラは溜息をつくと、彼女の手を握る。
 
「…あぁ…とにかく、戻りましょう。…さぁ。」
「ふふ、戦いは終わりましたのね。」
「…えぇ。まぁ、…貴方のお陰で。」

 キラの顔をにこやかに覗き込むラクス。
 しかし、彼の顔は晴れない。
 
「…なのに、悲しそうなお顔をしてらっしゃるわ。」
「……僕は…僕は、本当は戦いたくなんてないんです。それに、アスランは…。貴女も僕と同じコーディネイターなのに、人質にするなんて…。」

 キラは思い詰めた表情を再び始めた。
 彼女は彼の苦悩の深さを感じ取り、自分の手を取る手にもう片方の手を添えた。
 
「…気に病む必要はありません。私は、私の存在が誰かの命を救うのであれば、それで構いませんわ。命に亡くなって良い命なんてありませんもの。出来れば誰もが笑って暮らし、話し合える方が幸せですわ。」
「…でも。」
「…貴方は出来る事をしたのだから、それを気に病む事はありません。それより、貴方がこうして無事で私とお話して下さる…そんな事実の方が、ずっと大事な事だと思いますわ。」
「…あなたは…」

 彼がそう言いかけた時、彼女は彼の手を引いて引き寄せる。
 彼の体は無重力下で難なく彼女の元に引き寄せられ、そして抱きしめられた。
 
「…私は、誰でもない、ただの一人の人ですわ。」
 
 キラは彼女の胸で再び涙をこぼした。
 その姿をそっと廊下の影から覗く視線が有るとも知らず。
 

「…不本意だけど、私達の艦はこのままの戦闘継続は無理の様ね。我々の方から移せる人員はそちらに移したから、彼らの事はくれぐれも宜しく頼みます。」
「はい、グラディス艦長。」
「悔しいけど、アスラン・ザラ、期待しているわよ。」
「はい。」
「また会いましょう。ZAFTの為に!」
「ZAFTの為に!」

 グラディスとの通信が切れた。
 執務室の椅子に背を深く沈めると、彼は思索耽た。
 
 グラディスのナスカ級キグナスは左翼部の損傷の程度が重く、戦闘継続は困難と判断し本国へ帰投することになった。
 戦力の減少は痛いが、これまでの働きを考えれば十分な戦功を立てている。彼女は本国に帰投後昇格することが決まっており、内容としては凱旋帰国と言える。
 また、アスランへも唐突なフェイス昇進ではあったが、それに見合った結果を出しているということもあり、本国からネビュラ勲章の授与が伝えられた。そして、新たな援軍が派遣されることが決まった。
 日程的には連合の月艦隊への攻撃に合流させるというものだったが、近傍宙域にそのような事が可能なほどの船速を誇る船は存在しないため、リップサービスと割り切り溜息を付くのだった。
 
「…ラクス、何であんなに嬉しそうだったんだろう。」

 不可解な程ににこやかな彼女の表情は、誰かに強制されて言わされているという感じは受けなかった。
 どちらかといえば、とても自然に寛いでいる様な印象を受けた。ただ、不可解という言葉を使いつつ、彼女にとってはそれが普通の様にも感じられ、自分自身で何を言っているのだろうと自問自答する様な話でもあった。

 思えば彼女との関係は仲睦まじいとは言えなかった。勿論、喧嘩する程の険悪さはない。だが、喧嘩する程お互いを深く知っているわけでもなかった。
 有るのはぎこちないながらも彼女との関係をとろうと努力する自分と、それをにこやかに受け取ってくれる健気な彼女。
 正直な感想を言えば、こんなものは飯事の様なもので、彼女の方がそれをずっと上手く演じていた。

 それでも、あれ程自然に寛いでいる顔を見た事が無い。
 彼女の身辺には四六時中SPが付き、外出するにも自由が有るわけではないことは知っている。
 アイドルとして、親善大使として、彼女は公私ともに拘束された生活を送り、いわば現在の状況は初めての外泊くらいの勢いなのだろうか。

 あまり深く考えると頭痛の種になりそうな気がして考えるのを止めた。
<Mozilla/5.0 (Macintosh; Intel Mac OS X 10_6_7) AppleWebKit/535.11 (KHTML, like...@i114-181-54-79.s05.a001.ap.plala.or.jp>

【124】Voy in Seed 18
 制作者REDCOW  - 12/3/3(土) 1:18 -

引用なし
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    第18話「化石」
 
「あぁ、すばらしい。まさか自分の目でここまで到達出来る日が来るなんて。」
「ここがカイパーベルト。太陽系最外縁部のオールトの雲の手前ですよ。お気に召した様で?」
「えぇ、最初に聞いた時は眉唾物の話だと思っていたけど、こうしてこの場に立ってみると、彼女の申し出を受け入れて良かったわ。」

 彼女は終始ご機嫌だった。それは無理も無いことだった。
 このCEという世界に住む人類の中では、彼女がこの領域を通る初めての人間なのだ。
 世が世なら、彼女の一歩は小さくとも、人類にとっては大きな一歩とでも喧伝されるだろう出来事だ。しかし、彼女はそう出来ないことを条件にこの場に立っている。
 ある日突然仕掛けられた買収工作は、彼女が出社し自分のオフィスでゆっくりと新聞に目を通している間に、それは見事なまでに一瞬と言って良い程にあっさりと完了していた。
 世界中を駆け巡った投機資金は自身のグループ会社は勿論、世界中の「加われば良い」と考えていた企業や、手を出すには多額の資金が必要と断念していた企業群も含めて、全て「VST」と名乗る企業のもとに集結していたのである。
 そして、彼女が新聞を見終えた所に、オフィスへ何の前触れも無く入ってくる人物達の姿があった。先頭を歩く人物はサングラスをかけた女性で、両サイドには先住民を思わせるタトゥーの男と、アジア人の男が連ねていた。
 
「あなたがシャノン・オドンネルね。この会社は私の会社が買収しました。」
「…何ですって?」

 私は卓上のPCから彼女の言葉の真偽を確かめたが、確かに彼女の言う通りの現実が現れた。
 それはあまりに突然過ぎて、一瞬頭の中が真っ白だった。そんな私に彼女はこんなことを言った。
 
「驚いたわ。データで知ってはいたけど、本当に私にそっくり。フフ、こういう偶然は何か運命的なものが糸を引いているのかしら。」

 彼女はサングラスを外す。
 その顔は鏡でも見ているかの様に私にそっくりだった。
 いや、顔だけじゃない。声も背格好も同一と言って良い程だ。
 
「私は貴女と取引がしたいの。」
「…どんな。」
「そうねぇ、確か東洋の歴史では、こういうのを影武者と言ったそうね。」
「…それは、貴女の身代わりになれというの?」
「いいえ。その逆よ。」
「え。」
「…私が、貴女になるのよ。」

 それが、キャスリーン・ジェインウェイとの出会いだった。
 
 艦長日誌
 艦隊は月の第八艦隊との合流ポイントへ向けて航行していた。新しいエンジン周りをまとった二隻の艦はアークエンジェルの船速に十分に付いてきており、到達予定時間はかなり短縮出来そうだ。その間に我々は新型の為のパイロット選定を決める事となった。
 
 これまでに参加した候補の中で、最後まで残ったのはフラガ大尉にノイマン軍曹、そして意外にもフレイ・アルスター二等兵であった。この中で、私はフラガ大尉については候補選考から外す事とした。
 理由は、彼が既にパイロットであること。
 彼はMSへの転向を考えていた様だが、それは希望として受け取り、訓練を受けられるものとした。残るは二人。
 
 最終選考はセブンが調整した新型用OS搭載のシミュレータによる実技選考とした。
 この選考で使われる機体はジンだ。しかも、これまでのデータを凝縮してセブンが魔改造といってもよい極悪的な難易度の調整を加えたジンを、自分のジンで倒すというものだった。
 
 先に乗ったのはノイマン軍曹だ。
 彼は持ち前の冷静な持ち味を活かし、OSがアシストする操作を加味して柔軟に機体を乗りこなしていた。さすがにパイロットとしても操縦してきている彼だけに、その資質は十分なものといえる。
 ジンとの戦闘結果は10分程の戦闘で撃沈という結果に終わった。
 
「次、行きます!」

 そして、フレイ・アルスターの番だ。
 彼女の操作は所々ぎこちなくはあるが、この選考が始まってからというもの、フラガ大尉のメビウスで操縦訓練をしていたというだけあって、なんとか操縦は出来ていた。だが、逃げに終始していて、攻撃に転じる動きが全く見られない。
 ただただ、逃げているのだ。
 
「ちょっとぉ、なんなのよコイツぅ!!付いて来ないでってば、後ろに付かれるの嫌なの、もう!」

 ジンが銃を構えて撃ってくるが、彼女はそれをまるで僅かに予知したかの様に紙一重の差で回避している。
 …あれは真似て出来る様なものではない。
 
「…いい加減にしなさいよ、この宇宙人!えい!!!」

 彼女の機体が突然宙返りをして攻撃を回避すると、そのままの勢いで銃を構えて発射した。
 その攻撃は見事に敵ジンのコクピットに命中し、パイロット死亡。…つまり、戦闘に勝利したのだ。
 
「…ざまぁ、味噌漬けよ!!!」

 み、味噌漬け!?…という疑問は置いておき、彼女はめでたく新型の正式パイロットに決定された。
 だが、今回の選考に残ったメンバーには皆訓練を受けさせる事にした。
 
 その頃、ZAFT軍ヴェサリウス艦橋ではアデスは勿論、そこにはZAFTレッドのメンバー達が話し合いをしていた。
 
「アスラン!お前、勲章貰う暇があったら、その…ラクスちゃん…を救い出す方法を考えろよな!!!」

 初っ端から飛ばすのはイザーク・ジュールだった。
 彼は大のラクスファンだけあり、ラクス救出に燃える炎は大きい。
 その言葉に半ば頭痛を覚えつつも、アスランは答える。
 
「…何も勲章を貰う為に戦っているわけじゃない。あれは本国が勝手にしていることだ。正直うんざりしている。君に言われるまでもなく、彼女は許嫁だ。救い出すためにどうすれば良いか考えているさ。」
「ほぉ、じゃぁ、策はあるのか!」
「…だから、その策をみんなで考えているのだろう。妙案があれば聞くよ。イザーク。」
「妙案!?そんなもの、突っ込んで乗り込んで行って、『ラクス様、お迎えに参りました。』『キャァ、有り難う!もう大好き!』と熱く抱きしめてだなぁ…」

 イザークはもはや自分の世界に入っていた。
 ご丁寧に熱い抱擁シーンまでジェスチャーしてみせる始末だ。
 
「…イザーク。君がラクスに並々ならぬ思いが有る事は分かった。その気持ちは胸に仕舞おう。だけど、突っ込んでいってどうやって救出する。乗り込んで行くということは、君が白兵戦を仕掛けるのかな。」
「おぅよぉ!!!槍でも鉄砲でも、何でもこいだおい!!」
「はぁ…(俺、なんでこんな奴しか周りにいないんだろ…)、良いだろう。君が乗り込むと良い。でも、足付きに組み付いて中に侵入するとなると、奇襲でもしないかぎり難しいだろう。
 前回の戦闘でミラージュコロイドはバレていた。向こうは当然それを想定して対峙してくると見て良い。本気で艦を落とさない限り難しいだろうが、そうなればラクスの命は無いだろう。」
「ぐぬぬぬぬ。」
「アスラン、良いですか?」
「良いよ、ニコル。」
「はい、僕は第八艦隊と合流する前に足付きを叩く事を提案します。」
「今叩くと?…これからやるとなると、相手との戦闘時間は10分有るか無いかになるぞ。」
「はい。それでも10分もあるんです。何もせず合流されるよりは少しでも削っておいた方が良いはずです。
 クライン嬢を救出する事も大切ですが、我々の最大最重要の任務は足付き艦隊を沈める事です。見逃せば、犠牲は…クライン嬢だけでは済まされないでしょう。」

 ニコルの鋭い視線が飛ぶ。
 普段の彼からは想像もつかない様な冷たい視線に、アスランは背筋にそら寒いものを感じつつ、彼の提案が「自分の一番言いたいこと」であることに気付いた。
 いわば彼は憎まれ役を買って出るというのだ。
 
「…君は、俺に彼女を犠牲にしろというのか。」
「…いいえ。白馬の王子様ならば、必ずやハッピーエンドに出来ると期待しています。」
「…ったく、無茶を言ってくれる。良いだろう。仕掛けてみようじゃないか。ディアッカ、君はそれで良いのか。」

 唐突に振られたディアッカだが、彼は指で鼻をこすると、彼らしい不敵な笑みを浮かべた。
 
「…俺は隊長さんの命令に従うまでだぜ。ま、どの道あいつ等とは決着付けなくちゃならないからな。」
「…そうか。それを聞いて安心した。アデス艦長、聞いての通りです。急な仕事ですが、お願いします。」

 アスランの姿勢はいつも丁寧だ。
 アデスはその低姿勢ながら大胆さも持ち合わせたアスラン・ザラという男に期待してみたくなった。
 
「アスラン、君は良くやっている。私もやれる限りをやろう。」
「有り難うございます。」

 アスランは強く拳を握りしめた。
 その目は遠く先を行く足付き艦隊を見据えるかの様に。
 
 アークエンジェル艦橋ではCICが敵の発進を確認していた。
 
「方位、202マーク5、空間グリッド3842195。後方航行中のZAFT艦隊からの出撃を確認。」
「機体はジン3機並びにバスター、グリーン、ブラック、…それに、イージスです!」
「イージスだと!?」

 サイ・アーガイルの読み上げにバジルールはこれまでの戦闘を思い出していた。
 これまでの戦闘で目立った動きこそして来なかったが、イージスは的確に戦場をコントロールしていた様に見えた。イージスが出てくるという事は、敵も本気で落としに来ているのだろう。
 彼らは連合が開発した機体を上手く運用している。しかも、これまでの戦闘を見る限り、彼らは深追いはしない慎重さも兼ね備えていた。
 敵の目的がどの程度を目指しているのかは分からないが、確実にダメージを負わせることに着目していることは明らかだろう。
 
「大佐、自分は特装砲発射後、出来る限りの弾幕を張り牽制を掛けながら振り切ることを提案します。」

 彼女の提案にジェインウェイは顎に手を当てしばし思案すると答える。
 
「…振り切って振り切れるかしら。向こうも仕掛けてくるには何かの勝算があると見るべきね。」
「と、仰られますと。」
「分からないわ。彼らじゃないもの。ただ、言える事は、逃げちゃダメよ。戦いながら…思い知らせるべきね。」
「思い知らせる!?」
「ラミアス艦長、バーナード及びローのフライを出撃させて宙域にスタンバイ、私の合図で一斉射撃。MS隊も出撃させて。彼らには別の動きをしてもらいます。」
「はい。本艦のメビウスゼロはどうされます?」
「フラガ大尉にはフライ部隊を指揮して貰いますから、MA隊として動いてもらうわ。」
「わかりました。僚艦に打電、MA出撃手配をお願い。MS隊ストライク、デュエルを出撃、大尉のゼロはMA隊の指揮を。」

 連合艦隊が慌ただしく動き始めた。
 ZAFT側でもその動きが確認されていた。ヴェサリウスのブリッジでは足付き艦隊から5機のMAの出撃が報告される。
 敵側の動きの速さに、アスランはイージスの中でヴェサリウスからの情報を見て舌打ちした。
 
「(…この距離でこちらの動きが全て補足されている!?…連合のレーダーは化け物か。これでは奇襲にならないじゃないか。)全機散開!敵の陽電子砲には注意しろ。あれは触れて良いものじゃない。」

 各機から了解の通信が入る。敵の動きの速さから計算して、もう撃って来てもおかしくない。…と思っている矢先に第一射が二筋の閃光を走らせ宙域を貫く。対応に遅れてジンの一機が足を損傷した。
 
「損傷した機体は戻れ!(くそ、まるで見透かされている。)敵陽電子砲の射程を定めさせるな。ヴェサリウスは後方待機を維持。」

 バスターが進行を止めて途中の宙域で回避運動をしながら撃ち始めた。
 バスターの弾幕が宙域に煙幕を張る様に味方の姿を隠す。
 その隙を突く様にイージスを先頭に各機が続く。
 
 アークエンジェルではジェインウェイが号令を出した。
 
「今よ!」

 MA隊が一斉に射撃を始めた。
 しかし、その射撃する方角は進行方向正面ではなく、上下で別れていた。
 それはまるで宙域を水平に隠す弾幕を回避する様に。
 
「何!?(全て予測済みだと!?)くそ、全機撤退!)」

 アスランが作戦の中止を叫ぶ。
 しかし、イザークが1人その命令に背き突進した。
 
「ラクス様は目前なんだぞ!!!ここで引いてはイザーク!男が廃れるぜ!」

 ゲイツ・アサルトのバックパックから小型ミサイルが射出される。
 それらの射線上を辿る様にゲイツが高速でアークエンジェルへ迫る。
 
「もらったぁ!!!!」

 イザークが咆哮する。だが、彼の突撃はストライクによって止められた。
 
「…アークエンジェルを傷つけるのは、この僕が許さない!!!」
「なにぃぉおおおお!!!」

 イザークは相手の技量が高くない事は先の戦いで見抜いていた。
 そんな奴が堂々と自分の前にやって来たことに、自分を安く見られた様で憤慨した。
 
「大した技量も無いくせに!!!」
「ぐぅぅ。」

 キラは食いしばりながらシュベルトゲベールで受け止める。
 
「ラクス様を返しやがれ、この卑怯者がぁああ!!!」
「な!?…んだとおお!!!ラクスは渡さない!!!」

 キラの頭の中で何かが弾けるのを感じた。そして、その瞬間、周りに見える全てのものが漠然とだが、ある種当然とも言える程ハッキリと理解出来る様に感じられた。
 彼の前方からは途方も無い闘争本能が感じられる。それは自分に対し攻撃を仕掛けているのだが、何故だろう、突然動きが緩慢になった様に見える。
 理由は分からないが遅く動くのであれば、こちらも容赦する必要は無い。
 
「(大した技量も無いのは、君の方だ!!)」
「な、ぐあぁああ!!!!!」

 シュベルトゲベールがゲイツのコックピット付近を切り裂いた。その損傷により内部で誘爆しイザークが負傷する。
 すかさず止めを刺そうと動くストライクだが、そこを強力なビームが走る。変形したイージスの放ったスキュラがストライクとゲイツを引き離すと、そのままイージスはゲイツに組み付いて後方へ撤退していった。
 
「…敵ながら、毎度潔い引き際ね。引くなら追わなくていいわ。全機撤収。全艦全速前進。」

 ジェインウェイが宙域を見つめながら命令を告げる。
 第八艦隊はもうすぐだ。
  
「キムからヴォイジャー。」
「はい、こちらヴォイジャー。なんだいハリー。」

 ハリー・キムはデルタフライヤーで「シャノン・オドンネル」を乗せ、オールトの雲を抜けようとしていた。
 本物のシャノンとの影武者契約の交換条件は、彼女の、いや、まだ人類の誰も見た事も無い領域への探査であった。
 とはいえ、この任務自体は米国宇宙軍の最新型宇宙船を使用した試験飛行という名目で、デルタフライヤーがワープドライブを搭載した未来の船だと夢にも思わないだろう。
 彼女は純粋に科学的探究心が旺盛で、自分の目で見たもの以外は信じない。…そうした所はジェインウェイにそっくりだ。

「なぁ、トム、こちらで人工的な、亜空…あ、いや、通信をキャッチしたんだが、帯域の問題か上手く調整出来ない。そちらに転送するから調べてくれないか。」
「良いだろう。ベラナにスタンバイさせておく。」
「わかった。転送を始める。」

 ハリーは航行中、謎の通信をキャッチしたのだ。その内容は上の通り、何を発しているのかさっぱりわからず、いくら調整しても自動翻訳機の調整範囲に入る音声通信に変換出来なかったのだ。
 デルタフライヤーのコンピュータは限定的なため、その通信内容をサンプリングしたデータをヴォイジャーで解析すれば、もしかしたら聴けるかもしれないと彼は考えた。
 トレスが機関室から通信を入れる。
 
「こちらベラナ。あなたの通信を解析してみたけど、こちらでもサッパリわからないわ。なんかイルカやクジラの声みたいなものに近い音声データには変換出来たけど。」
「イルカやクジラ?他にデータは?」
「音声データの他に幾つか画像データがあるわ。んー、何かの文字みたいなものと、色々な絵があるわねぇ。それに、これは…クジラ?…クジラに羽が付いた様な生き物の画像があるわ。」

 シャノンは彼女のあるワードに引っかかった。
 
「羽!?」
「え、そこに艦長がいるの!?」

 シャノンの声に、ベラナはジェインウェイと勘違いして驚いた。
 ハリーは慌てつつ、どう説明して良いか言葉を選ぶ。

「あ、いや、その、例の。」
「え!?…あ、あぁ。そ、そういえばそんな話だったわね。えーと、シャノンさん…よね?」
「えぇ、そうよ。ベラナさん、初めまして。その…羽の付いたクジラの画像を、こちらへ送って貰えるかしら?」
「良いわ。どうぞ。」

 ベラナがフライヤーのモニターに画像を転送する。
 モニター上に映された絵を見て、シャノンは驚愕した。
 
「…エヴィデンス・01。」
「え?エヴィデンス?」

 ハリーは唐突に告げられた単語に首を傾げる。
 
「…エヴィデンス・01よ。知らないかしら?初の地球外生命体の証拠として、プラントに化石が残されているわ。」
「…どういうことよ、それ。化石って、億単位の昔のものってことよね。」

 通信の向こう側のベラナが不可解とでも言いたげな表情で話す。
 それに対し彼女は腕組みをし、右手を顎にあててしばし考えると、半ば自分に言い聞かせる様に言う。
 
「…そうかもしれないし、違うかもしれない。私達はまだ科学のほんの僅かな際に居る存在よ。でも、一つだけ言える事が有るわ。彼らは『居た』のよ。…その生死はともかくとしてね。」

 シャノンはその画像に見入っていた。
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【126】Voy in Seed 19
 制作者REDCOW  - 12/3/19(月) 20:08 -

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    第19話「決意」
 
 ZAFT軍ヴェサリウス内アスランの執務室では、応接椅子に座るザフトレッドの面々が居た。
 アスランの対面に座るのはディアッカ・エルスマンとニコル・アマルフィだ。
 彼らメンバーのもう一人の姿はない。
 
「…イザークの負傷具合は幸い軽度だった。命令無視の結果とはいえ…無事なことは不幸中の幸いというべきか。」

 アスランはイザークの処遇に苦慮していた。
 作戦中の命令無視による独断行動の結果の負傷だ。
 機体の損傷も含めての責任は重い。
 
「イザークの奴、顔の傷は幸い治るらしいが、本国に帰還する必要があるって聞いて拒否ったそうだぜ。まぁ、あいつの熱さはいつもあんな感じだ。確かに傷を負いはしたが、本人も機体も直せる範囲だから、隊長権限で不問…ってなわけには行かないのか?」
「ディアッカ…言いたい事は分かるが、あいつの為になるのかわからない。ZAFTは自由な規律の軍隊だが、上官命令には罰則を科せる権限がある。…とはいえ、正直な話を言えば、今はどちらでも良い。戦いたいというなら、それを優先する。」
「ほぉ…。」

 ディアッカはアスランの意外な判断に驚いた。
 この件は以前の彼の真面目さを考えれば、確実に問題にしてイザークの動きを押さえ込むと考えていたからだ。
 そこにニコルが尋ねる。
 
「どちらでも良い…ということは、イザークはそのまま戦力として温存するということですか。」
 
 ニコルの質問に、アスランは溜息を吐きつつ答えた。
 その表情からは彼が自分の決断に満足している風には見えない。
 
「…そうだ。いずれにせよこちらの戦力は不足している。1人でも欠けるのは痛い。失態は功績で挽回してもらうしかないだろう。」
「そうですか。僕も…提案した張本人です。処罰は覚悟の上でしたが、アスランはそもそもこの戦いをあまり乗り気ではなかったのではないですか。」
「乗り気?………決断した以上、ニコルだけの責任じゃないよ。
 試す価値はあると思っていた。いや、価値は有ったのかもしれない。だが、それで分かったのは…相手の能力が想定より驚く程高いという現実だよ。
 データは冷酷だ。奴らのセンサーレベルは並外れている。こちらの動きは全てお見通し。
 俺達は連合のセンサー範囲ぎりぎり圏外を航行していたはずなんだ。…少なくとも俺はそのつもりだった。なのに、従来のレベルを大幅に越えていた。」

 アスランの指摘は二人も実際に目にしていた。
 連合艦隊は機敏に対応し、こちら側の攻撃態勢とほぼ同時に行動して戦術を揃えて来ていたのだ。
 しかも、それだけではない。こちら側に合わせて戦術を凌駕してさえみせた。
 それは単にセンサー上で識別していたというよりは、動き自体を把握しているとでも言える程機敏で的確な行動だった。
 
「…もしかしたら、俺達はとんでもない勘違いをしているのかもしれない。」
「勘違い?」

 ニコルが首を傾げた。
 ディアッカも珍しくアスランを真面目な顔で注視している。
 
「あぁ。俺達はモビルスーツが重要だと思っていた。だけど、本当はあの足付きが一番重要だったんじゃないのか。」
「…連合の大鑑巨砲主義の修正としての足付きではなく、飽くまで大鑑巨砲主義version2.0とでも言う代物だと?」
「おいおい、ちょっと待ってくれよ。鹵獲MSだって十分高性能だぜ?…なのにあの足付きはもっとすげーってのか?」
「…そう想定出来る条件がこれだけ揃っていて、否定する方が難しいとは思わないのか。二人は。」

 言い終えてアスランが背もたれに深く体を沈め、目を閉じた。
 注視する二人の顔には、うっすら汗がしたたっていた。
 彼の滲み出る苦悩の姿が、この時ハッキリと彼らにも共有出来るものとなったのだった。
 
 その頃、アークエンジェルの食堂では、加藤ゼミの面々が第八艦隊と合流するとあって最後の会食と洒落込んでいた。
 
「一時はどうなる事かと思ったけど、さっきの戦闘も無難にこなして何とか無事にこれたな。」

 サイ・アーガイルは感傷に浸る様にこれまでのことを思い出しながら話していた。
 カズイがそれに続く。
 
「そうだね。でも、フレイはどうするのかな。」
「フレイは……わからねぇ。」
「え、サイ、最近フレイと話して無いの?」

 カズイの質問はサイにとってはとても痛い問いであった。
 それでも話さないわけにもいかないかと腹をくくる。
 
「…俺達、別れたんだ。」
「えぇ?!」

 全員が驚く。
 あまりの反応に彼自身も驚くが、気まずいながらも続ける。
 
「フレイはこの前のパイロットの件と良い、かなり本気でトレーニングを受けているだろ?…でも、俺達は元々は民間人で、一時的に入隊している扱いだ。だから、第八艦隊との合流でオーブに一緒に帰るもんだと思っていたんだ。だけどさ、あいつ、残るって言ったんだ。」
「残るってことは…正式に入隊するってことでしょ?それとサイと別れるのはどう繋がるのよ。つまり、一人で帰れって言われたから?でも、それならサイは残る気無かったの?」
「…ミリアリア、俺がそんな冷たい男だと思ったか?…勿論、一緒に残ると言ったさ。俺としてはフレイには帰って欲しかったけど、自分は残るつもりだった。」
「じゃぁ、別れる理由無いじゃない。なのにどうして?」

 確かにこの中には全く別れる要素は無い。
 フレイは除隊しないことにも同意し、彼自身も残るというのだ。
 一緒に戦って行こう!…で万事安泰であるはずだった。しかし、サイにとってはまさかの答えが待っていたのだ。
 
「…振られたんだよ。そもそも俺達の関係は親同士が決めた物だ。あいつは…俺の事を頼りにしてたし、大きな不満も無かったんだとよ。でも、それがいけなかった。
 あいつ、変わっただろ?…おじさんが亡くなってから自立し始めたんだ。つまりはさ、俺は単なるお守り役だったってことさ。」

 しみじみと語る彼の話に一同は何も口を挟めそうになかった。
 しばし辺りに静けさが降りる。
 カズイが話題を変えようと口を開いた。
 
「あ、あのさ、キラはどうするのかな。凄く辛そうだったし、除隊…するよね?」

 この会食にキラの姿はなかった。
 彼はいつもの通りMSのメンテで出払っている。
 しかし、この場で一番帰りたいと感じているのは彼だろうことは一同の共通認識だった。
 
「うーん、だけどよぉ、俺、この前こっそり見ちゃったんだけどさぁ、あのピンクの御姫様とキラがラウンジで抱き合っていたんだぜ?」
「えぇええ!?」

 トール発言にどよめく。
 彼は頭をぽりぽり掻きながら自分の発言に自重しつつ続ける。
 
「あ、いや、俺が見たってことは内緒だからな!…ここだけの話、あいつ、お姫様のことを人質にした事を凄く恥じていて、堪え切れず泣いていたみたいなんだ。そこをお姫様が慰めた…と。どうも、あのお姫様とキラ…出来ているんじゃないかな。」
「…あ…それ、わかるわ。この前の戦闘でも、キラ、彼女の事凄く気にしてた。うん、だったら、彼女の為に残るかもしれないわね。」
「っちぇ、いいよなキラは。何でも出来て、ルックスも悪くないし。あんな綺麗な子と付き合って…リア充爆ぜろ。」
「…わかるぜ、兄弟。」

 カズイの最後の呟きに、普段なら引いているはずのサイが同意した。
 そう、彼ら二人はゼミの男達の中では、彼女のいない不遇者同士となっていたのだ。まさに兄弟。
 
「あ、そうそう、俺も残るが、お前達は無理しなくて良いからな。」

 サイの言葉にトールが首を横に振る。
 
「いやいや、サイが残るなら俺も残る!乗りかけた船だ!最後まで乗ってやるさ!!!」
「トールが残るなら、私も残る!」

 彼は力強く拳を握り宣言する。
 彼の話にミリアリアも意志を固めた。
 だが、その彼女の決意に一番驚いたのは隣に座るトールだった。
 
「え!?!ちょ、ミリィは戻れよ。無理すんなって!」

 彼は慌てて彼女の説得に入る。しかし、彼女の意志は固い。
 
「ちょっと、私を女だからって差別しないで!それにトールと離れるなんて、嫌!」
「ミリィ…」

 感動のあまり、彼は思わず彼女に抱きついた。
 彼女はそれに応えるようにひしと自らも彼を抱しめると、もはやそこは二人のラブプレイスだ。
 それをこのバカップルだめだとばかりにジト目で見る二人。
 
「…はぁ。みんなが残るなら、僕も残るよ。怖いけど…最近トレーニング楽しいし。」
「良いのか?」

 サイはカズイが無理していないか心配して声をかけた。
 だが、彼は首を横に振って答える。
 
「僕もアークエンジェルのクルーだよ。仲間はずれにしないで欲しいな。」
「はは、そうか。そうだよな。」

 一同の決意が固まった。
  
 艦長日誌
 我々は連合軍第八艦隊と合流した。
 旗艦メネラオスとの通信チャネルも開き、この艦もようやく連合軍の正式な一員として迎え入れられることになった。
 そして、この軍を指揮する最高指揮官デュエイン・ハルバートン准将が自らアークエンジェルを訪れた。
 
「よく守ってくれました。ラミアス君の話から聴きましたが、ジェインウェイさんの采配だったと知り驚きましたよ。この場を借りて改めて礼を言いたい。」

 ハルバートンは帽子を脱ぎ、深々と私に向かって礼をした。私はそれを直す様促して応じる。
 
「いいえ、礼には及びませんわ。私も犬死には御免です。生き残る為に協力するのは当たり前です。それに、ふふ、それ相応の報酬を頂きますし。」
「ははは、相変わらずだ。しかし、あなたの功績は大きい。この艦は勿論、試作の2機を持ち帰れることは、今後の連合とZAFTの戦況を大きく変えることになるでしょう。しかも、それが可能となったのは貴女の存在が大きい。
 どうです、正式に復隊されるおつもりはありませんか。」

 来た。この質問は想定内の言葉だ。

「私が復隊したとして、どのような扱いになるのかしら。今は飽くまで臨時で暫定の大佐でしたけど、正直私もそれなりに歳ですから。」
「何をおっしゃるか。この件については、既に上層部側も了承していてねぇ。貴女が良ければ正式に連合軍第八艦隊所属の大佐として復帰することになる。
 まぁ、私の部下扱いではあるが、不自由は無い様に私も努力する。どうですかな?」
「…准将閣下、勿体ないお言葉ですわ。ただ、正式に軍属となると…経営上に不都合が出ますわ。」
「ふむ、確かに兼業軍人はあなたの経営は勿論、我々としても問題だ。ただ、あなたはこれだけ秘密を知ってしまっている立場だ。それほど選択肢が無いことは承知してくださるものだと思うが。」
「条件を提示したら、そちらは飲んでくださるかしら?」
「条件?…内容次第ですな。」
「私が責任を持つのはアラスカまで。それ以降は民間企業として戻る事を許可して頂けますかしら?…この艦を無事に送り届ければ軍部としては十分じゃなくて?」
「…惜しいな。私としては貴女と共に戦いたいものだが。」
「准将閣下……私は何も軍から全て手を引くわけでは有りません。状況次第では継続もあり得るでしょう。しかし、私が軍属として残らなかった理由もお察し下さい。」
「…火星での記録は目を通した。当時の軍部が君に対して辛く当たったことは承知している。…うむ、これまでの貢献を考えれば、我々が譲歩しない方がおかしいというべきか。わかった。私が君の希望を保証しよう。」
「閣下、有り難うございます。」

 この後の交渉で、私は正式に第八軌道艦隊所属大佐として着任した。
 所属艦隊はこれまで通りアークエンジェル及びバーナードとローを指揮下に置くが、ハルバートン准将は月のアルザッヘル基地への移動ではなく、大西洋連合司令部のあるアラスカへの降下を求めてきた。
 これには私も異を唱えたが、准将は一刻も早く地球に持ち帰りGAT-Xシリーズの量産化をはかり、失われ続ける若者の命を減らしたいと望んでいた。
 彼の言葉は我々の連邦にも通じる人道が宿っている。少なくとも彼の様な指揮官が連合にいることは救いと言えた。
 指揮系統については、所属艦隊の指揮権は私にあるものとし、第八艦隊旗下では旗艦メネラオスの命令に従うものとした。
 
「え、わ、私が中佐ですか!?」

 私の言葉に一番驚いたのはラミアス大尉だ。
 准将との会談後に作戦室に集まった上級士官との会議の席で、私は彼女に昇進の話を振った。
 彼女からしてみれば、雲の上の話が唐突に自分に振りかけられ、どう反応して良いのか頭真っ白という様子だ。
 
「貴女にはこれからもアークエンジェルの艦長で居てもらいます。これまでの働きは十分な力を発揮していたと評価しているの。どうかしら?」
「…私に務まるのでしょうか。中佐だなんて。」
「この度私が正式に着任する以上、この作戦室の面々は私の軍の参謀として機能してもらう必要があります。その為に一定の権限を持ってもらわないと、これからの任務に差し支えると判断したの。
 それに、私が指揮するのはアラスカまで。それまでにここに要る皆さんには私が居なくても機能するだけの技量を学んでもらいます。いわば、ここは上級士官としての資質を磨く学校だと思ってくれて良いわ。」

 この後ラミアス大尉は同意し彼女は中佐に、バジルール少尉は大尉に、フラガ大尉は少佐に昇進させた。
 二隻の艦長のグライン/ブライトマンの両名は少佐のまま留任し、トゥヴォックを中佐に昇進させ腹心とした。
 その他の処置はほぼそのままで、人員については降下するアークエンジェルへバーナード及びローから補充すると共に、民間人についてはそのままアークエンジェルが降下してアラスカ経由で本国へ送り届ける事となった。
 操艦についてはこれまで通りとし、トゥヴォックの所属をバーナード及びローの指揮官として配置し、宇宙へ残ることとした。
 方針が決まると話は早い。艦隊からは地上用戦闘機であるスカイグラスパー2機が補充された。また、不足していた必要物資も滞り無く積み込まれ、これまでガラクタの山を再生して利用していた整備陣も色めき立っていた。
 
「これ、こんなに急いで整備する必要有るんですか?」

 キラはハンガーでフラガのメビウス・ゼロの整備を手伝っていた。
 地球降下も視野に入った事から、セブンの発案でメビウスに翼を付ける作業をしていたのだ。
 大気圏内でのガンバレルの使用は無理だが、前回の戦闘後にラミネート装甲に切り替えたこともあり耐久性も上がっている。

「アニカちゃんは仕事が早いからな。…そのために出撃出来ないのはまずいだろ?」
「それは…そうですが。」
「それより、お前の方は良いのか?」
「はい。ハンセンさんがOSの調整をしてくれています。今度積み込まれたスカイグラスパーはストライクと互換があるそうで、武装が使えるそうです。」
「へぇー、そりゃまた凄いな。こいつにもそんな機能有れば良いのになぁ。ま、このゼロの大気圏内改造は簡易だ。突入は無理だが、空力抵抗を利用した慣性飛行翼を持たせることで重力下の操縦性能を上げているそうだ。
 詳しい事は分からないが、アニカちゃんの話によれば摩擦熱にもラミネートのお陰で数分は頑張れるそうだぜ。保険ってやつだな。」
「イチェブくんの方は新しい装備が完成したそうですね。」
「あぁ、今作業してるあれ、あいつが作ったそうだぞ。凄いねぇ。お前もだがあいつも天才だ。古い俺みたいなのがセコく見える。嫌だねぇ、年の差ってのは。」
「そんな、僕は彼と違って何も出来ないですよ。」
「そうか?前の戦闘じゃ、俺にはそうは見えなかったけどな。」

 イチェブのデュエルは敵ブルーを参考に小型ミサイルポッドを搭載させた。
 この武装についてはイチェブがコツコツと自分で設計した案があり、それをそのまま採用した格好だ。
 また、ストライク同様にシールドを持てる様にした他、今後の運用効率向上のために武装の共通化を進めることにした。
 セブンはこなすべき仕事が沢山あることは勿論、制約の有る中での開発という新たな状況を楽しんでいる様だ。
 
 その頃ZAFT側ではアスランが作戦を練っていた。
 
「足付きはアルザッヘルへ行くものと思っていたが、どうやらそのまま降下する気の様だね。」

 アデスは連合側の動きを見て推測を語る。
 それを聞くアスランはしばし顎に手を当てて考える仕草を見せると、口を開く。
 
「…それだけ連合も焦っているんでしょう。あれは確実に戦局を左右する。それは俺達自身が使っていて痛い程知っています。」
「…そうだね。叩きますか?」
「…勿論です。刺し違える覚悟が要るでしょう。」
「しかし、我が方はジン5、ゲイツ2、それにバスターとイージス。向こう側には密集した艦隊が待っているのに対し、我々はヴェサリウスとツィーグラーの2隻。かなり分が悪い。増援も間に合わないこの状況では…」
「艦長、増援は…端から期待していません。そもそも、優れた種だなんて嘘ばかりだ。批判しているナチュラルと…何が違うんだ。」
「…アスラン。」

 デスク上の星図を見てアスランは表情を歪め、これまで押し殺していた思いを吐いた。
 突然の独白にアデスも彼の気持ちを察した。
 暫くの沈黙のあと、姿勢を正したアスランは表情を引き締めて指示を出す。
 
「艦長、ツィーグラーの人員はヴェサリウスに移します。全MS部隊は出撃。ヴェサリウスは後方待機。ツィーグラーには…私が乗ります。」
「それは…」
「それ以上は言わないでください。そもそも、その覚悟なくして戦えますか。恐怖に打ちのめされていたら、勝てるものも勝てない。」
「いや、しかし、それならば私が!」
「艦長…いや、アデスさん、この戦いで無闇に将兵を失うのは勿体ない。この戦場から逃れられる船速を維持出来るのはヴェサリウスだけだ。艦長が居なくなっては船に申し訳ないです。」
「………我々にもその覚悟が無いと思っているのかね。これでも私は君より年も上だ。なのに年端も行かない君にそんな覚悟を迫っている私は何だろうか。」
「指揮官が範を見せずして、部下が努力するわけではないですよ。勘違いしないでください。私も死にたくはない。勝ちに行きます。」
「…。」

 その表情は固い決意の色が伺えた。
 そんな彼に何を告げたとしても、彼を傷つけることにしかならない。
 そう考えたアデスは、その後何も反論はせずに大人しく彼の意思に従った。
 
「…ここに置くわよ。あんた、また戦闘になったらどうするの?」

 フレイは食事の載ったトレイをテーブルに置くと、彼女に話しかけた。
 話しかけられた方は、微笑んで応じた。
 
「フレイ、あなたはどう為さるの?」
「私?私も本当は戦いたいわ。でも、使える機体も無いし、体も出来てないって言われているの。」
「そうですか。私は…無用な戦いが一つでも減らせるのでしたら、出来ることをします。…あの、トレーニングはお辛くないですか?」
「…あぁ〜〜〜もぉ〜〜〜!そのしゃべりどうにかならない?もっとフレンドリーにならないかしら?」
「フレンドリー…のつもりでしたが…お気に触りましたら、改めてみたいのですが…どうお話したら?」
「私は同じ女の子同士、普通にため口聞いて欲しいのよ。よそよそしいのは無し。良い?」
「その…同じ年頃の女の子とお話することが無くて…良く分からないんです。えーと、フレイ、私もトレーニングを一緒に受けるのは…ダメですか?」
「え?何言ってんのよ。あんた一応捕虜よ。今は『お客様』扱いしているけど、自由に動いていい軍隊がどこにある?ZAFTだって勝手に出歩いて良いわけじゃないでしょ?」
「…それもそうですね。ごめんなさい。でも、ここでずっと一人も寂しくて…退屈です。いつも貴方がお食事を運んで来てくださる時間が楽しみなんですよ?」
「う、うーん。あんた、歌が好きなんだっけ?」
「はい。」
「だったら、私のトレーニングに付き合うより、あんたの好きなことした方が楽しいと思わない?」
「それは…そうかもしれませんが、私は一人より皆さんと何かご一緒できる事が有ればと思って。」
「…はぁ。もう、謙虚なんだか腹黒いのか。まったく。…良いわ。この件は私の方でも頑張ってみる。でも、期待しないでね。私は下っ端なんだから。」
「はい。」
「あぁ、もう!……って、もう、笑っちゃうじゃないの。」

 二人はお互いに顔を見合わせて笑った。
 
 メネラオス艦橋
 
「前方より接近する機影確認。ZAFTです。こちらへ向かっています。邂逅時間は15分程度と思われます。」
「くぅ、この大事な時に。」

 ハルバートンは敵の絶妙なタイミングに苦った。
 ようやく合流したのもつかの間、ZAFTが攻撃してくるのは想定内としてもこの動きは早過ぎる。
 しかし、その時自陣営から通信が入った。
 
「オドンネルです。ZAFTの進軍はそちらでもキャッチされていると思います。我々はこれより迎撃態勢に入りますが宜しいですか。」
「いかん、アークエンジェルは即刻降下を。奴らの目的はそちらだ。」
「はい、それは承知しています。しかし、降下までに数分の猶予があります。我々は彼らをよく知っています。未経験のそちらより私の方がこの戦い有利に運べる自信がありますが、それでも強行為さると言うのですか。
 勿論、私は貴方の指揮下にあることは了承しました。ご命令とあれば、それ以上は申しませんが、下策であると進言しておきますわ。」
「………10分だ。10分でどうにか出来ぬなら、君等は降下してもらう。」
「…充分ですわ。有り難うございます。」

 ハルバートンは部下であるはずの彼女に圧倒された。
 彼女には彼にも理解出来ない何か得体の知れない威圧が感じられた。
 この圧力を感じる相手は、彼の記憶にある相手の中ではアズラエル理事くらいだろう。
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【127】Voy in Seed 20
 制作者REDCOW  - 12/3/22(木) 23:26 -

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   第20話「低軌道会戦・前編」

「…ストライクめ。この痛み…思い知らせてやる。」

 イザークは右目を覆う包帯に手を当て、その怒りを露にした。
 隻眼というハンディキャップすら、彼の怒りの前にはものともしない。新たに整備されたゲイツ・アサルトソード。
 シールドビームクローだけではない、対艦刀はストライクの装備を参考にヴェサリウスのチームが完成させた。接近戦での不利を克服する為に開発されたこの装備をもって、彼は戦いに臨む。
 
「ザラ隊長、全軍出撃しました。我々も向かいましょう。」
「アデス艦長、こちらの準備も整いました。ヴェサリウスは深入りしないでください。」
「…健闘を祈る。」
「…ツィーグラー、発進!」

 アスランの乗るツィーグラーが動き出した。
 
 連合艦隊は一時的にシャノン・オドンネルの指揮に入った。これはハルバートンが彼女の提案を受け入れ、10分間を彼女の自由に任せたからだ。
 しかし、彼も無条件に全てを与えたわけではない。10分という時間の制約の他に、アークエンジェルの前進を認めなかった。その代わり自軍の艦艇の指揮権を認めた。
 
「…着たわね。戦争が機動力のみで決まると思ったら大間違いよ。戦争の本当の恐ろしさを見せてあげるわ。」

 ジェインウェイは作戦室から矢継ぎ早に指示を出した。連合艦隊にはアークエンジェルを中心にV字型の陣形を採り、艦隊火力ロスを出さない横一列の隊列にした。そして、アークエンジェル後方にはシャトルアーチャーが待機し全軍の指揮命令の中継をさせる。
 上方の空間にはフラガ大尉のメビウスを中心にフライを4機と艦隊のメビウスを全機回した。下方の空間にはストライクとデュエルを配置。
 あえて空いた空間を作ったのは重力空間への誘い込みを兼ねてのものだ。
 
「…何だよ、あの陣形は。あからさまに下へ来いって言ってるだろ。」

 バスターでMS部隊後方から支援砲撃ポイントで待機を始めたディアッカが思わず言った。
 実際、誰がどう見ても「下へ来い」と言わんばかりの陣だ。
 
「…どうします?あれ、乗るかそるかで言えば…乗っちゃだめですが、イザーク行きましたよね。」
「はぁ〜…ニコルは上へ行け。オロール達を引っ張ってくれ。俺はあいつの支援をする。」
「了解。ディアッカ、あなたはイザーク思いですね。」
「へん、笑ってくれ。腐れ縁は腐っても縁だってな。」
「…死なないでください。」
「お前もな。」

 ニコルはイージスを変形させ上方のジンの編隊の先頭へ出た。
 メビウスからの攻撃が始まる。一定の防衛ラインが突破されたのを合図とするかの様に一斉に射撃が始まった。それらは先頭を走るイージスを集中して狙う。

「そんな玉、いくら出しても意味有りません!」

 スキュラを放つ。しかし、瞬時にメビウスはその射線上を避け、執拗にイージスへの攻撃を続けた。それはまるで攻撃されるのが分かっていたかの様に、彼らの攻撃はこちらの攻撃の一歩手前で判断している様に感じられた。
 
「ストライク!!!!」

 イザークは目標を認めた。艦隊下層で陣取るストライクとデュエル。二機はゲイツが向かってくるのを見て呼応する様に前進する。
 丁度艦隊前衛周辺まで来た彼らは先にデュエルが小型ミサイルを放って牽制する。だが、イザークはものともせず対艦刀で迫り来るミサイルを切り裂いて突き進む。
 それを後方からバスターが支援。
 
「イチェブさんはバスターを。僕はあのブルーをやります。」
「…わかった。」

 イチェブは同意するとすぐにバスターへ向けてバーニアを吹かす。
 交代する様にシュベルトゲベールを構えたストライクがイザークへ対峙する。
 それを見て舌舐めずりをしイザークは突進した。
 ソード同士が衝突する。激しい火花を散らせジリジリと互いを牽制し合う。
 
「ストライク!この痛み、晴らさせてもらうぞ!」
「…ぐぅ!新装備か。」

 メビウス・ゼロは敵側の攻撃部隊がまっすぐにこちらへ向かってくるのを認め、全メビウス隊に一斉射撃を命令する。
 近接信管のミサイル群は敵MSとの交差面手前で爆発する様にセットされているが、敵側もそれに即座に対応して来ていた。
 彼らは先頭のイージスを中心に縦列を組んでいる。しかも、イージスのスキュラは対艦攻撃に使える程の出力があるため、おいそれとその正面に陣取る事が出来ない厄介な武装だ。
 唯一の救いはこちら側の管制が相手側より「一歩早い」ことだ。
 
「…こりゃすげーや。先読みしている。いくら強くっても、当たらなけりゃ意味ないよね。」

 メビウス部隊はアークエンジェルCICより逐一敵側の攻撃情報が伝えられていた。そして、その情報にオートで回避運動が出来るシステムが組み込まれていた。システム管制を担当しているのはセブンだ。
 
「…空間グリッド51394の722α、スキュラ起動、射線軌道51393の722β修正、回避α1クリア。艦隊主砲発射角865修正、発砲、敵ジン左腕部損傷、程度D支障無し。…」

 彼女は黙々と作戦室のジェインウェイのそばで処理していた。
 メネラオス艦橋ではハルバートンが目視は勿論、モニター上の情報を見て驚いていた。彼のこれまでの戦闘経験からすれば、下層のMSが互角に対応していることは納得しても、上部のメビウスでは物の数に入らないと思っていた。
 しかしどういうことか、メビウス部隊は艦隊の火力を利用して善戦している。しかも現在まで損害ゼロである。
 こんな戦いは一度も見た事が無い。

「…閣下、私は夢を見ているのでしょうか…。」

 側近のホフマン大佐がシートの隣で、前方から視線を逸らさず直立不動のまま尋ねる。

「…夢だとすれば、随分良い夢じゃないか。出来れば覚めないで欲しいものだ。」
「…全くです。しかし、オドンネル女史は…とんだ怪物ですな。あ、これはオフレコですよ。彼女に知られたら食われそうだ。」
「はっはっは、私もそれを思った。いやはや、我々は今まで一体何を考えていたのだ。戦争のいろはは情報だ。Nジャマーがなんだ。彼女は個人のビジネスで解決してみせたではないか。我々がコーディネイターに劣るという幻想は終わる時が来た様だ。」
「…そのようですな。」

 ハルバートンはしばし考えを巡らすと、彼女に前命令を取り消して暫くの間制限無く戦闘させてみる事にした。

 アスランはツィーグラーをゆっくりとジンの後方から前進させていた。
 艦砲での支援をしつつ全体を俯瞰する。
 
「…(下層の方は連携をしてくれている。問題は…馬鹿にしてくれる。雑魚と思っていたメビウスに当てられないだと。よし。)ニコル、君は艦を叩け。ジンは各自散開しメビウスを多方面から攻撃。突破が無理なら各個撃破だ。」

 アスランの命令後、ジン部隊が散開し隊列を解いた。多方面に別れて攻撃を始めたジンに対し、メビウスも散開すると編隊を組んで各機体をまるで役割分担が決まっているかの様に整然と攻撃し始める。
 普段ならば敵ではないはずのメビウスが機械的な程に精密に飛んでくるのだ。ジンに乗るZAFTのパイロット達もこのようなメビウスの挙動は見た事が無い。
 しかし、コーディネイターはその動きにも対応出来る柔軟さがある。機体性能はこちらが上ならば冷静に動けば良い。オロールを中心にジン同士も連携してメビウスを一機ずつ標的を絞り攻撃を始めた。
 以前の彼らならばこのような無様な戦いは選択しなかっただろうが、さすがの彼らも学習した。
 メビウスが撃墜され始める。…とはいえ、ようやく損害を互いに出し始めたというのが正しい状況判断だろう。
 その動きは作戦室に座るジェインウェイも認めていた。
 
「…押してくるわね。強者は弱者の真似事はしないのかと思っていたけど、それほど愚かじゃないのね。良いわ。そんなにデートがしたいなら、こちらが行ってあげるまでよ。全軍微速後退!」

 艦隊がアークエンジェルを除いてゆっくりと後退を始めた。
 それは逆V字を描く様に徐々にアークエンジェルが全面に立つ格好となっていく。そして、それと同時に全軍の攻撃が後方支援射撃となりアークエンジェルを中心に壁となった。
 敵側の動きを見てアスランはツィーグラーを全速力で噴かし、出せるだけの攻撃兵器を使って前進する。
 MS部隊の攻防は膠着状態を続けていた。ストライクとゲイツの戦闘は勿論、バスターとデュエルの戦闘も決着がつかない。特にバスターは対艦刀を持って参戦していた。本来なら長距離攻撃機であるバスターが接近戦に対応しているのである。
 バスターが牽制射撃を放っても、デュエルは小型ミサイルで迎撃し迫る。それを対艦刀で振り払うの連続である。
 戦闘時間もこれまで経験していた時間を大幅に越えている。手数も多い分さすがにエネルギーの限界の方が近い。しかし、それは相手も同じはずだと考えていた。だが、相手側は一向に手を抜く隙を見せない。

「…やばいな。」

 ディアッカはこのままでは勝てないことは想像出来た。しかし、アスランは撤退命令を出さず、ニコルもメビウスに振り回されている。ここで冷静に判断出来るのは自分以外には居ないと思えた。
 だが、果たしてこのタイミングが正しいのかは判断しかねた。
 ゲイツのエネルギーはバスターよりは持つが、イザークは冷静ではない。しかも、気のせいでなければ、足付きは高度を下げている。
 ほんの僅かずつで誤差の範囲の様に錯覚するが、数値上はゆっくりとだが確実に下げているのだ。このままだと押しつぶされかねない。
 
「艦長、敵ボスゴロフ級が突っ込んできます。」
「ローエングリン照準!敵、ボスゴロフ級!」
「このままでは撃てても破片は…」

 アークエンジェル艦橋では目視でツィーグラーが迫るのが見えていた。
 最初は交差する軌道を描くと思われていたツィーグラーが、唐突に衝突軌道へ変更したのだ。
 後退しながら射角を取る。
 
「丁!」
「…ここまでくれば、確実だ。」

 アスランがコックピットの中で不敵に笑った。
 ローエングリンがツィーグラーを貫く。しかし、爆散しつつも大きな破片がそのままアークエンジェルへの衝突コースを描いた。
 作戦室でジェインウェイが叫ぶ。
 
「フラガ少佐、今よ!リミッター解除!」
「ほい、来た!リミッター解除!」

 ゼロのガンバレルのリミッターが解除されリニアガンが収納されると、新たな砲芯が現れ発砲する。
 濃い橙色の光線が走り、4基のガンバレルが大型の破片に向けて次々に攻撃すると、それらは粉々に破砕され消滅した。
 
「ヒューーー!ビーム兵器ってのは良いねぇ。しかし、おっそろしい破壊力だ。」
「大尉、ナイスタイミングよ。」

 ツィーグラーは消滅した。
 この事に作戦の失敗が濃厚となったZAFTは浮き足立ち、士気が乱れ始めた。
 ジンがメビウスに押され始めるのを見てディアッカが後退命令をだそうとしたその時、ゲイツステルスに乗ったアスランがステルスを解いて宙域に現れ後退命令を出す。
 だが、メビウスは食らいついた様にジンを離さない。
 ニコルを支援に回そうにも彼もゼロとフライの連携に遭い、動けそうになかった。イザークは相変わらずストライクに執心している。額から汗がこぼれた。
 
「アスラン!幾ら何でも一方的じゃねぇか!!!」
「そんなことは分かっている。お前も見ただろう!あんなもの、あれに付いている兵器のレベルじゃない!」
「だけどよぉ!!これじゃ、あんまりじゃねぇか!!!敵さんは今回は逃がす気ねぇぞ!どうするんだ!」
「逃げ道は俺が作る。ニコルを回すから、お前はイザークを何とかしろ。」

 アスランがそう言って通信を切った。しかし、彼にだって何ら目算等無い。ツィーグラーを消滅させたあの光線を見ては、さすがの彼もゾッとしていた。
 陽電子砲に破壊光線…次は何が出てくるのだろうか。
 足付きは不思議のデパートである。そして、それが連合の新装備として全軍に行き渡った日には…自分達に明日はあるのだろうか。まるで悪夢だった。

 だがその時、センサー範囲に未確認の機体が確認された。
 セブンはその情報を分析するが、こちら側の予想データの標準値から大きく5倍以上の出力で迫っているため、CEの兵器群では対応出来るスピードではなかった。
 
「社長、通常出力の5倍のゲインを持つ機体が急速に宙域に接近している。識別は分からないが、技術標準はZAFTのものの様だ。」
「新型にしては速度が異常ね。どうなっているの。」
「…制限付きのこちらのコンソールからでは難しい。」
「分かったわ。」

 ジェインウェイは耳のコミュニケーターに触れた。
 
「ジェインウェイからトゥヴォック。シャトルのコンピューターで見ているかしら。あれは何?」
「こちらトゥヴォック。こちらでも捕捉しています。確認出来た事は、出力がストライクの5倍はあります。そして、Nジャマーが不自然な反発を見せているのが確認出来ます。」
「反発?」
「はい。機体を中心に同心円範囲に球状の斥力フィールドを発生させた様な印象です。」
「それって、まさか…」

 艦隊前方ZAFT艦隊より更に深い後方から急速に何かが飛来した。
 
「フハハハハハハ、お待ちどうさまかな諸君。私は帰って来たよ。」

 仮面の男は不敵に笑みを浮かべ、友軍機へ識別信号を送った。
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