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城は天を衝くように高く、あくまでも高く聳える。
四方を岩漿の堀に囲まれたそれは、「天に挑むかのよう」という表現そのままに尖塔を以って碧空を突き刺さんとしているかに見える。
「空は嫌いだ」
「……は、何だって?」
城の、一際高い尖塔の窓を開け放ち、城主は呟いた。唐突な言葉に、近しい者が訝る。
「空は嫌いだ。雨も風も雷も、一方的にもたらされるのみで、こちらから一矢を報いることも叶わぬ」
忌々しげに眼を眇め、城主は背後を振り向いた。
「傲慢なことだとは思わぬか?ニズベールよ」
水を向けられた者が身体を揺らす。城主よりもひと回り以上体格に勝るその恐竜人は、主たる者の言葉にさも興味なさげに肩をすくめた。
「さあな、おれには分からねえ。それよりどうする?場所の目星はついたぜ。……いつやる?」
「すぐにもだ」
「昼のうちにか?」
「ああ、サルどもめ、知恵をつけてきおった。夜は返って警戒していよう」
城主は窓に眼を戻し、下界を見やった。
緑の森、黄土の荒野、紅く滾る岩漿……、彼が欲してやまぬ大地。
そして……、そのすべてを白一色に塗りつぶす、彼が知らない「何か」。
それが、彼には見える。遠くない未来の、大地の姿。
そこに、自分と眷属の姿はない。
「そうか、じゃあ行ってくるぜ」
ニズベールの言葉に城主は意識を水面下から擡げた。
「いや、その必要はない。お前は城に居れ」
「……いいのか?『ヤツ』が来るかもしれないんだろ?他の連中の手に負えるとは思えんがな」
「それでよい。エイラめ、派手に暴れればよいのだ」
深く裂けた口角から、城主は牙列を覗かせた。人の血族の共感を得ることのない、恐竜人の笑み。
「アザーラ、……何を考えてる?」
ニズベールの問いに、城主……アザーラは答えなかった。ニズベールのほうも深く追求するつもりはなかったのだろう。再び肩をすくめると彼は巨体を回して部屋を出ていった。
「お前には分かるまいな、ニズベールよ」
棘の目立つ小山のような背中に、アザーラは胸中で呟いた。
アザーラは特別だった。恐竜人のなかでも、大地に生きる生き物すべてのなかでも、そしておそらくは「生き物」の歴史という途方もなく永い時のなかでも、彼は特別な存在だった。
それを彼は知っている。そして、それを誇りとしてきた。
だが今、彼はそれを呪う。
「大地よ。偉大なる大地よ!」
叫ぶことは赦されぬ。絶望を孕んだ激情を、彼は押し殺した声に込めた。
「貴方は空に屈するのか。空からもたらされる災厄を、甘んじて受けるというのか。……貴方を癒す役目は、我らには務まらぬというのか!」
応えはない。未来視には、寸分の変化も起こらない。
アザーラは力なく窓辺に手をついた。やがて、嗚咽にも似た笑声が彼の喉から漏れて、それは窓から散った。
「いいだろう、貴方がそれを選んだというのなら、我らはそれに従おう。だが、どうか忘れてくれるな。我らが、貴方の許(もと)で生きたことを」
窓を閉めると、アザーラはそれに背を向けた。そして絶望の片鱗すら窺わせぬ「指導者」の顔を、そこに現れた者たちに向ける。
「征け!大地の覇権を、我らの手に!」
了
。。。。
どうもお邪魔致します。冥香でございます。
以前感想レスで予告した「アザーラサイド」
(やっと;)書き上がりましたので、くっつけさせていただきます。
REDCOW様もおっしゃってますが、エイラとアザーラのあいだには単に憎しみという言葉だけでは括れないものがあるように自分は思います。
恐竜人も自分たちと同じ「大地の命」であることをわきまえた上で、彼らと命を賭して闘うことのできるエイラは、やはり毅いひとなんでしょうね。
ではでは、遅くなりましたが「レス」というかたちで失礼致します。
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