|
「猊下!お待ちください!」
ジュリエットさんの声が近づく。
彼女は思わず駆け出した僕のあとを付いてきていた。
そして、
「私もお供致します。それに、猊下、乗馬はお得意で?」
「あ…いえ。」
「ウフフ、なら私が猊下を戦場へ送らせていただきますわ。」
ジュリエットさんはニッコリと微笑むと、突然来ていたワンピースを豪快に脱ぎ捨てた。
僕はあまりに突然の大胆な行動にあらぬ期待をしていたが、その期待はあっさりと裏切られ、彼女は勇壮な深紅に背中に金糸で唐獅子牡丹を描いたような軍服を着て現れた。…っていうか、何故軍服をワンピースの下に。っつか、ズボンはどっから!?いやいや、唐獅子牡丹!?!
「さぁ、行きますよ!」
掛け声一声、彼女は厩舎の白馬に僕を乗せると颯爽とカイル同様に華麗に馬上に乗り、手綱を持って城内を駆け出した。その手綱捌きは手慣れたもので、馬はびゅんびゅんと速さを増した。
「ジュリエットさん、そ、その、」
「ジュリーよ!」
「あ、ジュリーさん!どうして僕を?」
「…猊下、アスファーンは賢者様が開かれた国。そして私は司祭です。猊下にお仕えするのが務め。」
「ジュリーさん…。」
彼女の言葉は、僕に何かを期待していることを示していた。でも、咄嗟に飛び出してしまっただけで僕に何か策があるわけじゃない。だけど…何もしないで後悔はしたくない!!!
僕はジュリーさんの背から迫り来る視界を眺めていた。前方には広大な草原と、何の舗装も無い土で開かれた王国公道が続いた。
ーーーーーーーーーーーーーー
「ウフフ、まさかあなたと剣を交える日が来るとはね。でも、嫌いじゃないわ。」
ドーリア公国軍を率いるダーグスタは馬上から敵軍勢を見据えていった。
その彼の腕には輝く文様が現れていた。
前方の敵軍勢は3000騎。ドーリア軍は2000騎であり、数の上でも相手側が優勢である。特にこの戦場は平地であり細かい策を弄することが出来ないため、純粋な数と練度がものを言う。しかし、それは本物の中世での話しだ。
ドーリア公を中心に光の円陣が形成される。黄金に輝く円陣は次々にその支配域を広げ、広大な平地に展開する自軍兵力を包み込む様に形成された。
それを見た敵側でも閃光が走る。
敵軍将ガイファー・ブルーノ・カールグリーフ公爵の手から青い閃光が輝き、彼を中心に青き光の円陣が形成された。その支配域は急速に拡大し彼らの軍勢をドーリア軍同様に包み込んだ。
「ウフ、兄上だからって、容赦しないわよーーー!!!!」
ドーリア軍が動く、V字型に形成された隊列陣形はカールグリーフ軍の正面を突破する戦術だ。これに対し、カールグリーフ公爵は隊列を崩さず対峙の構えを解かなかった。ドーリア軍の前衛とカールグリーフ軍の前衛が接触する。
両軍の兵士との衝突面で青と黄金の閃光が走り弾き合う。二つの力は互角かどちらかというとドーリア公の力が上のようだ。カールグリーフ軍の前衛部隊が次々に黄金の陣営の中に取り込まれていく。すると、彼らはカールグリーフ軍からドーリア軍に投降し始めた。
情勢の不利を悟ったカールグリーフ公爵は衝突部隊を徐々に後退させながら全軍を後退させ始めた。その間もドーリア軍は勢いに乗り次々にカールグリーフ軍を吸収していく。
「…かかった。」
それは突然起こった。
後退していたカールグリーフ軍は、後退していたと見せかけてドーリア軍を包囲していた。カールグリーフ公爵はこのチャンスを逃さなかった。
「ムン!!!」
カールグリーフ公爵は自身の魔法陣でドーリア公の黄金の陣を包み込むと急速に力を抑圧させ始めた。
「っち、セコイ戦い方するのね。それだけの軍勢を持ちながら。」
「…フン。」
それは兵士達の包囲が厚くなれば厚くなるほど上昇し、徐々にドーリア軍に寝返った兵士達は勿論、今度はドーリアの兵士達もカールグリーフ側につき始めた。すると、もっと強力な力が働き抑圧し始める。
「ダーグ。力はお前に譲る。俺は頭さ。」
「…嫌な男。腐ってるにも程があるわ。」
「そう言ってられるのも今の内。お前も俺の下僕になる運命だ。呪うなら賢者様とこのアスファーンの血を呪うんだな。」
カールグリーフ公爵の力は遂にドーリア公1人を縛るに至る。…と思われたが、その時石つぶてがカールグリーフ公の顔面に直撃した。いや。よく見ると普通なら死ぬよと思うほど大きな漬物石…。憐れ、カールグリーフ公の顏は真っ平らに潰れてしまったと思われたが、彼はその悲劇を背負うのを低調にお断りするかのように、静かに片手で寸での所でその石を掴んでいた。
彼が視線を向けた先には、一騎の馬に跨がる女性と少年の姿がみとめられた。
「ガイファー、あなたって人は。」
ジュリエットは哀しみの目を彼に向けた。
そのわなわなと震える可憐で細い片腕には、もう一つの漬物石を待機させて。
「…姉上、よしてください。そのような石で私を醜い姿に変えて、あなたは兄弟として恥ずかしく思われないのですか。」
「…思う。でも許せない!!!なら、一思いに醜い壁におなりなさい!!!」
目茶苦茶だった。
彼の後ろに乗る少年は、手綱を握るこの女性の側から離れてすぐにでも他人の振りをしたくてたまらなかった。しかし、彼と彼女は運命の赤い麻紐で固く結ばれていた。…もとい、結束されていた。
「…な、なんでこうなるわけ。」
少年はじたばた動いた。しかし、彼女は自分の片腕にくくり付けた紐を引っ張る。するとキュッと締め上げられ、余計に少年は動けなくなった。
「…ジュ、ジュリーさん。どうしてぼくがしばられなくては…」
「だって、あなたがいなかったら、私が出てきた意味が無いじゃない。」
「え、だって、これじゃ僕全く関係ないじゃないですか。」
「そんなことないわ!私をここまで奮い立たせて下さったのも猊下のおかげ!かくなる上は私が全身全霊を賭けて愛して差し上げるのが務めですわ!!!」
少年は自分がとんでもないものを起こしてしまったことを後悔した。
|
|
|