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「う〜ん…」
目が覚めた僕の前には、いつもの部屋が有った。
何も変わらない僕の部屋。
どうやら本当に眠っていたらしい。
それにしても…凄くリアルな夢だった。
何であんな夢を見ちゃったんだろう。
僕は起き上がると背伸びをして窓の外を見た。
外は明るく快晴でいい天気だ。…いい天気…アスファーンも天気が良かった。
時計の針は7時を回っていた。あぁ、学校行かなくちゃ。
部屋を出ると良い匂いがした。朝飯の匂い。母さんは早起きして料理をいつも作っている。
「あら、時雨。寝ぼすけのあんたにしては随分早いわねぇ。」
「おはよう。」
「えぇ、おはよう。」
僕は居間のソファーに腰掛けた。寝起き特有の気怠さがまだ残っている。頭をぽりぽり掻きながら目前のガラステーブルの上に置いて有る新聞を手に取った。既に母さんは目を通したようで、折り目が変わっていた。
昔から本を読むことは苦にならなかった方だけど、新聞を読むってわけじゃない。でも、何故か今日は新聞を手に取りたくなった。何気なくぱらぱらと見てみる。
政府は新たに見つかった関東新人遺跡について、正式にあたらしい遺跡と認定。新しい遺跡は紀元前1万年以上前のものと見られ、この発見は歴史を大きく書き換えることが確実視されており、今後の発掘調査が期待される。
遺跡。
その内容は妙に引っかかるものを感じた。
いや、それだけじゃない。新聞そのものに何か違う違和感を感じる。もっと、なんだろう、こんなに簡単で良いんだろうか。凄く面倒なことが書いて有るのが新聞じゃないのか…とか。
「あら、あんたそれわかるの?」
「なんだよ、僕だって新聞くらいわかるよ。」
「ほんとぉ〜?じゃぁ、なんて書いてあったのか言ってみなさいよ。」
母さんは料理をテーブルに出しながら疑惑の眼差しを僕に投げかけていた。たかが新聞ごときでそこまで見下される僕って一体。癪に障るからしっかりと説明してやった。
そしたら母さんは目を丸くして、まるでぽかーんという書き文字が入っていそうなくらい呆気に取られた顔をして言った。
「あんた、凄いわね。いつのまに英字紙読めるようになったの。」
「へ?」
アレ?…そういえば、ウチの新聞って母さんの仕事の関係もあって英字誌だよな。僕、英語読めたっけ???………いやいやいや、自慢じゃないが、英語ぺらぺらの親に育てられて15年!まともな英会話は勿論、英語の読み書きだって満足にできないぞ!!!
うわ、僕、なんで分かるんだろ。すらすらと読める。いや、なんか新しいスイッチ入った!?まさか、今頃母さんの英語教育効果覚醒!?……つか、なんで僕戸惑ってるんだろ。これって素直に喜ぶべきじゃん。でも、喜んで良いことなのか?…あぁ、小心者な自分が嫌だ…。
「あ、うん。そりゃ僕だって英語くらいは。」
「まぁ〜〜〜〜!あんたが英語使える様になるなんて夢のようよ〜!やっぱり私が小さい頃から一生懸命に英語を教えた甲斐があったのね〜♪うふふ、じゃ、今日は奮発して夜はステーキ買っちゃお!あは。」
母さんはとってもご機嫌で、食事後は鼻歌交じりに出勤した程。そりゃ、僕だって嬉しい。今まで苦手だった英語がわかるんだから、テストだって楽勝だし、何より沢山の洋書を見る楽しみを得たわけだし。でも、本当に何故読めたんだろう。
僕はそんなことを思いつつ家を出た。
学校への道はいつもの用水路公園の遊歩道を通り、突き当たりの県道沿いを進んで陸橋を渡れば僕の通う高校が有る。丁度陸橋を渡っている時、背後から僕の名前を呼んで肩に触れる手があった。
「よぉ、時雨!」
「あ、田中。おはよう。」
「うぃっす!」
僕を呼び止めた奴は田中 光治(たなか こうじ)といって、僕の小学校の頃からの友達。彼は僕と違って活発な奴で、部活はサッカーをしている。背は僕と同じくらいの170cmくらい。性格も明るく明朗快活というのを絵にかいた様な爽やか小僧。
でも、こいつには裏が有る。それは超がつくほどのゲームオタク。普段は女子にモテモテな癖に意外や意外というキャラの男だ。田中はいつも笑顔でウキウキって感じだけど、今日は一際嬉しそうだ。
「なぁなぁ!今日何の日かわかる。」
唐突な質問に、僕は全く見当がつかない。適当に答えを羅列してみる。
「え、何の日って、誕生日じゃないし。う〜ん、彼女でもできた日?」
「それはそれでオッケーだけど…って違うって!今日はアレの発売日だろ?」
なんとなく予想はしていたけど、やっぱりゲームか。
田中の超ゲームオタク振りを考えれば答えは明白だったかもしれないけど…。
ただ、発売日といわれてもピンと来なかった。いや、いつもなら浮かんでいても不思議じゃないけど、今日の僕は昨夜の夢に今朝のアレ。…正直、ゲームどころじゃなかった。
適当に合せようと答えを探す僕。
「う〜ん、アレ、アレアレアレ…何だろ。」
「まだわからないのか?超大作RPGクロノ・リングだ!」
「あぁ、なんか超豪華メンバーで作られたゲームだっけ。そういえば今日発売日だっけ。」
「うんうん!たぶん今日帰った頃には届いていると思うんだぁ。なんか、そう思うと嬉しくて嬉しくて、マジさっさと放課後にならないかなぁ〜!あー、でも部活もあるし。くそぉ、さぼりてぇけど、先輩厳しーし。うがー、この俺の苦しみわかる!?」
…相変わらずのテンションの高さに半ば呆れつつ、でもコイツのこんな所は結構好きだ。やっぱ世の中じめじめって感じよりは、コイツみたいに明るい奴の方が好かれるのは分かる。
「あはは、相変わらずだね。でも、それなら僕も買ってるから、うちにも放課後には届いてるかな。」
「あれ?お前買わないとか言ってなかったっけ?」
「うん。でも、この前店のデモムービーみたら格好良くてさ。」
「あー!やっぱり?俺もそうなんだよぉー。はぁ〜マジやりてぇ〜!」
どうでも良いけど、大声で話すのは止めて欲しいと思う僕。コイツって結構モテるのに飾らないから良いんだけど、最後のマジやりてぇ〜だけ聞いたら女子が泣きそう。
そんなこんなで話しているウチに校門も潜り、いつものように教室に入って授業を受ける。
僕の席は窓側の後ろから2番目で、教室は二階にあることから階下のグラウンドで体育をしている別のクラスのサッカーの試合が見えた。よくよく見れば田中のクラスの奴みたいで、やっぱアイツの動きは別格と思うくらいに目立ってた。…楽しそうだな。
「あー、この定理について、車、解いてみなさい。」
「え!?あ…はい。」
唐突に僕が指名された。
…滅多に指名されたことないのに。
あまりに突然過ぎて、僕は何の準備もしていなくて焦った。でも、指名されたからには出て行かないわけにも行かないし…まぁ、分からなければ分からないでいっか。そう思った僕は、とりあえず黒板に向かった。
黒板にはいつもなら頭が痛くなるような数式が並んでいた。でも不思議とすらすら理解できる自分がいた。なんだか分からないけど分かる僕は。公式通りではないけど、たぶん合っていると思う答えを書いてみた。正直自信はないけど、僕の頭がこれしかないと言っている…気がする。
「これでいいですか?」
僕の問い掛けに先生は暫く沈黙してメガネ前後に動かしながら眺めていた。
「…公式通りではないが…確かに合っている。戻って良い。」
「…はい。」
なんか分からないけれど、難を乗り切ることができた。
でも、この奇跡はこれだけに留まらなかった。
僕はこの後の英語も国語も科学でも同様に全てを理解出来てしまうことに気がついた。それも当たり前の様に答えが頭に浮かび、本当に自然にその答えが導き出された。
さすがにこんなことが続くと自分としてもおかしいと感じる。原因は…あの夢がやっぱり関係しているのだろうか?
昼休み、僕は裏庭の植物園に来ていた。この学校には校長の趣味で植物園が有り、ガラス張りの温室の中に南国の木とか様々な植物が植えられている。もっとも夏の今時期は窓を開けて開放されていて、学生達は設置されているベンチで昼食を摂ったりしている。
僕はというと、いつも植物園の裏手にある大きなメタセコイアの大木の下で食事をするのが日課みたいな感じ。ここは植物園ほど人がこない静かな場所で、昼休みを寝ころんで過すには丁度いい場所だ。ここにいると暑さもなんとなく和らいで感じる。
昼食を食べた僕は、その木の幹を背に座り目をつぶった。
瞳の奥には昨夜の風景が蘇った。
そう、それはまるで本当にその人がそこにいたと錯覚するほど、あれはリアルだった。
僕の空想が作り出したにしては、突拍子無さ過ぎて自分でも苦笑しちゃうほど変な夢。…誰かに話したら絶対おかしいって言われるのがオチだよな。
あぁ、眠い。
なんでこんなに眠いんだろう。
僕は強い眠気に負けて眠ってしまった。
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