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第6話 乗りかけた船
ZAFT軍クルーゼ隊母艦「ヴェサリウス」
「ぐはぁあああ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、……ぉのれぇえええええ!!!!この私が負けた…だと!?あんなガラクタに一太刀も合わせずに!」
クルーゼは怒りながら頬を伝う雫の流れを感じていた。彼の脳裏に響き渡った恫喝の声は、聴こえなくなった今も近くから囁く様に彼を締め上げる。
彼はこれまでこれほどの恐怖を感じた事は無かった。この手で誰かを手にかけることがあろうと、何らの感情も起こさずにやってのけてきた。時には愉快さも感じながら。
しかし、この時の彼はこれまで何でもこなしてきた自分が、初めて大きな敗北を喫したことにショックを受けていた。それは、自分自身の出自の次に認めがたい出来事だった。
彼は壊れた機体から出ると、駆けつけた医療班を手で振り払い遠ざけ、ふらつく体で通路を歩いた。その姿はこれまで彼が見せていた余裕は微塵も無く、周囲の者達もその鬼気迫る雰囲気を感じ取り遠巻きに立ち尽くす他無かった。
僚艦のガモフには連合からMSを奪取した「赤服」を着た者達が帰還していた。
「第5プログラム班は待機。インターフェイス、オンライン。データパスアップ、ウィルス障壁、抗体注入試験開始。データベース、コンタクトまで300ミリ秒。第2班、パワーパックの極性((?))に注意しろ。第4班は……」
「うわ!」
「あ!すまない!ついそっちまで弄ってしまった。」
「ああ、大丈夫です。外装チェックと充電は終わりました。そちらはどうです?」
「こちらも終了だ。…しかしよく出来たOSだ。これを連合が?」
「…確かに。このプログラムはまだ解析不能です。とても強固なプロテクトが掛かっていまして、先程から様々な侵入プログラムを入れていますが、最初の2層は容易く突破出来たのですが、その後は尽く負けて、最後に出てくるメッセージが…」
「…抵抗は、無意味だ…か。馬鹿にしてくれる。」
「…お前はまだ良い。」
整備員と共に奪取した機体のチェックを進めているアスランへ声を掛けたのは、イザーク・ジュールだった。
「…イザーク、気にする事は無い。俺達は初陣だ。帰還するのも大事な任務だ。君が無事で良かった。」
「フン、しかし、連合の奴らめ。こんな高性能な物を奴らが作れるはずはない。裏切り者が俺達に当てつけてくれる。」
「背景がどうなっているのか、俺には分からない。ただ、事前の情報と大きく違ったのも間違いない。だが、隊長が…被弾して帰還されたそうだ。」
「にゃにぃ、隊長が!?本当か!」
「あぁ、君らが帰還する前に機体の右手と左足を損傷して帰還されたそうだ。…とても話せる雰囲気ではなかったと聞いている。それ以前に、それをやったのがデュエルという機体だったそうだ。…俺達が奪ったものと同シリーズだ。この意味はわかるな?」
「…フン、今更お前に言われるまでもない。必ず破壊する。」
「そうだ。そうしなければ、明日には俺達が射たれる。次は大きな戦いになるかもしれないな。…ところで、何故お前は…その、ディアッカに抱えられているんだ?」
彼は何故かディアッカ・エルスマンにお姫様だっこされていた。
「にゃ!?そ、それは!!!」
「はは、変な誤解はしないでくれよ。こいつ、慣れない姿勢を続けたせいでぎっくり腰になったんだぜ。ったく、世話焼けるぜ。」
「にゃにぃぉおおおお!?」
「…は、ははは。」
アスランはやり切れない思いを感じつつ、自室へ戻った。
艦長日誌補足
シグーは撤退して行った。私はイチェブに対し深追いを禁じ、敵を追い払う事に留めた。我々の目前に現れた艦艇はアークエンジェルという連合の新造艦だ。
優美な造形はおよそ軍の艦艇とは思えないデザインだが、この艦が連合の中でも特別な存在である事は理解出来る。ラミアス大尉はこの母艦へ我々が集めた武器を運ぶ気だったようだ。
艦に着いた我々は、出迎えたバジルール少尉達から艦の深刻な人員不足についての状況説明を聞いた。
「しかし、さっきのアレ、凄いな。君はもしかしてコーディネイターか?」
「いえ、僕はあなた方の言うコーディネイターではありません。」
「じゃぁ、ナチュラルか。いや、疑っているつもりはないんだが、俺はこの新型に乗るはずだったひよっこ共の動きを見ていたから、まさか同じ物であんなに凄い動きが出来るとは思えなかったんだ。」
「元々のOSの性能であれば、あなたの言う通り何も出来なかったでしょう。でも、我々の社のOSを入れた今は問題有りません。」
「我々の社?」
イチェブの言葉に首を傾げるフラガ大尉に、私は改めて説明することにした。
「彼は我々のテストパイロットとして乗ってもらいました。もっとも、機械操作が得意という甥の好奇心を汲み取って手伝わせていたのですが、良い働きをしてくれたと思います。」
「良い甥っ子さんをお持ちですね。うちに欲しいくらいだ。しかし、ジェインウェイさん、あなた方は今日始めてこいつと対面したはずじゃなかったんですか?」
「元々私達はモビルスーツのシステム開発に興味を持っておりました。そのため、自社でシミュレートして幾つかサンプルを作っておりましたので、この短期で交渉を進められたという背景があります。
たぶん、我々以外にも幾つかの社が候補にあがっていたと思いますが、それらの社はいずれもそうした意欲を持っていたのではないかと。」
「はぁぁ、ビジネスって奴は貪欲ですねぇ〜。」
「それくらいの貪欲さがなくては、他社を圧倒する事はできませんわ。さて、一つ提案がありますの。」
「提案?」
「はい。この艦が人員不足であることは理解しました。でしたら、文字通り乗りかけた船です。我々も一時的に軍へ予備的にご協力しましょう。
私達にはどの道この艦に乗って脱出する以外に生存の道はなさそうですし、困ったときはお互い様ということで、いかがです?その代わり、一宿一飯の恩は忘れないつもりですわ。」
「…どうする?」
ジェインウェイの提案に連合の士官である3人は相談した。
バジルール少尉は状況を考慮して申し出を受ける方向で検討して良いと言い、ラミアス大尉は軍の仕事に民間人を巻き込むのはどうかと不安な表情も見せる。しかし、フラガ大尉が現状ではこうした申し出は有り難い。不安が有ろうと選択肢は多くない現実を考えれば、ここは申し出を受け入れるべきだと言ったことで多数決上も受け入れで決まった。
そして、ジェインウェイの提案が受け入れられたのを見て、少年達も同調し艦を手伝うことになった。
余談だが、彼らの艦の殆どの上級士官は攻撃により死亡しており、この艦の指揮は先任大尉はフラガだが、艦に関する知識はラミアス大尉の方が専門ということもあり、彼女が指揮することになった。その副官としてバジルール少尉が就いた。
フラガ大尉が粗方決まった所で私に尋ねてきた。
「ところで、ジェインウェイさんは軍での経験はおありですか?」
「はい。私は以前の職は米国空軍で働いておりました。当時の階級は大佐です。」
「た、大佐!?…しかし、U.S.Airforceにジェインウェイという名の女性士官は聞いた事が…」
「オドンネル…といえば分かるかしら。シャノン・オドンネル。」
「あ、聞いた事ある!確か火星コロニー計画の空母イントレピットの指揮官にそんな名が。」
「あらご存知?大昔のことなのに。フフフ、その職の退職金で今の事業を初めたのですよ。」
ここに来て彼女の経歴が役に立つ時が来た。
当の本人には別の魅力的ビジネスを提示し、今はカイパーベルトの向こうを旅行気分で楽しんでいる事だろう。この任務にはキム少尉を当てている。しかし、繰り返す様だが、この世界は私と何らかの因果があるのだろうか。
こうした偶然はそう重なる物ではない。
「そういうことなら、ここはオドンネルさんが我々の艦を操艦された方が良いのでは。」
ラミアス大尉が恐縮しつつ話した。
他の二人も先程とは打って変わって姿勢が良くなった。
無理も無い。
米国は大西洋連邦の盟主であり、そこの大佐となれば彼らの上官である。
何事も保険は用意しておく物だ。
「お三方、私はもう大昔に退役した部外者ですわ。そう恐縮為さらないで。それに私の名はキャスリーン・ジェインウェイでよろしく。
…正直、へこへこされるのも困るのよ。指揮はフラガ大尉の仰る様に、私も全くの門外漢。ですから、ラミアス大尉が為さって。
ただ、希望を話すなら、そうねぇ、最新鋭の宇宙艦の運用を見学したいと思っておりましたの。だから、ブリッジに何時でも入れる許可を頂けましたら幸いですわ。その許可を頂ければ、掃除婦でも何でも仕事を見つけてやらせて頂こうと思います。」
「そういう事でしたら、分かりました。私達もあなたのご意見を伺いたく思う場面が有ると思います。その時はお知恵を拝借出来れば幸いです。」
ラミアス大尉は深々と私に頭を下げた。私は微笑んでそれをなおし、固く握手をした。
その後は荷物の積み込みや出発準備で大忙しとなった。そして、粗方やれることを仕上げ、出航準備も整った頃…
「キラくん。」
「あ、ラミアス大尉。」
「ちょっと良い?」
「はい。」
ラミアス大尉は人気の無い場所へ移動すると、彼に切り出した。
「あなた、コーディネイターよね?」
「…はい。」
キラ少年は観念した様に固く目を閉じて歯を食いしばった。
しかし、彼の想像する様なものは何も起きなかった。それどころか、
「やっぱり。でも、私はブルーコスモスみたいな偏見は無いわ。ただ、この艦の中にはそうした偏見を持つ人もいると思う。だけど、あなたが悪いわけではないのだから、堂々としていて。正直私があなたを巻き込んでしまったみたいなものだから、何か有ったら私に言って頂戴。」
「…有り難うございます。あ、の、ラミアス大尉。」
「マリューで良いわ。キラくん。」
「はい。マリューさん。」
彼女は彼の立場を心配して気遣ってくれたのだ。
連合軍の中にも普通に接してくれる人がいる。それはたぶん、もの凄く小さな可能性の一つなのかもしれないが、その可能性がここで起きてくれた事を正直に感謝したい気持ちになった。
だが、そんな気持ちで居続けられる程、現実とは甘くない。
「あ、でも、一つ言っておくわ。私はあなたが嫌ならいつでもMSを降りて貰う。これはサービス心で言っているんじゃなくて、私達はアレに命を預けているの。…確かに強引なこと言っていると思う。だけど、あれは中途半端な気持ちで乗っていい物じゃない。あなたは、それでもあれに乗る?」
「…わかりません。」
「そうよね。唐突に言われて、はい、やります!…とは行かないわよね。でも、だからとノリだけで乗られても困るし。やる気が無いなら乗らない方が一番だと思うわ。」
「…ぼくは…」
キラ少年が何かを言いかけたとき、ラミアス大尉は彼の口もとにそっと手を当てて止めた。
彼女の表情は穏やかで、口元に触れる彼女の手の温もりが心地よい。
「…正直な所、今この艦には大尉のメビウスとイチェブ君のデュエルと、あなたのストライクだけしかない。ここであなたがやめて戦力が一つ減るのは痛いわ。
でも、あなたは本当は軍人じゃない。便宜的にはあなた達は志願した事になっているけど、やめても良いの。あなたの代わりを務める必要があるのは私達の方なのだから。」
ラミアス大尉の言葉はキラ少年にとってはとても有り難い話だった。しかし、だからと事態が好転するわけではない。彼女の言っていることは本当だ。自分がやめて機体が一機使えなくなるということは、危険に晒される可能性が増える事を意味する。
この戦いを回避すれば、いずれはVST社の人々によってOSの問題は改修されるだろう。だが、この時点での改修はジェインウェイ社長は無理だと断じていた。
「僕は…戦います。」
「キラ君?」
「僕がここで逃げても、いずれ誰かが代わってくれるかもしれない。でも、戦わなかったら…そのいずれはやって来ないかもしれない。だったら、僕は戦う。みんなを守りたいし、死にたくない。死なせたくない!」
その時、警報が鳴った。CICに就いたミリアリアの声が艦内に響く。
「総員、第一戦闘配備。パイロットはモビルスーツで待機してください。繰り返します…」
「…僕、行きます!」
「わかったわ、みんなで生き残りましょう!」
「はい!」
二人は決意を胸に、それぞれの持ち場へ駆けて行った。
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