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第9話
「避難者の皆さんの中にお医者様はいらっしゃいませんか?…あ!、お医者様ですか?」
「はい、そうです。」
「お手数ですが、負傷者が居るんです。後で診て頂けませんか?」
「良いですよ。今すぐ伺いましょう。」
アークエンジェルクルーの呼びかけに、一人の医師が立ち上がった。
艦長日誌補足
避難民の避難所としてあてがわれたのはブリーフィングルームだ。多人数を収容するには十分とは言えないが、この艦でこれ以上の広さを持った部屋となるとそう多くない。彼らには悪いが自由に動かれても問題がある。しかし、この艦が深刻な人員不足である事もまた間違いない。そこで私はバジルール少尉に予備的に協力してもらえる人員が居ないか募集する様提案した。
最初は彼らも難色を示したが、この艦が喪失している医者やエンジニアといった必要不可欠な人員を中心に集め、その他女性等には厨房を交代で任せることにした。
これにより不足人員を満たすと同時に移動導線を確定し、避難所の人員を無闇に分散し野方図に動かれる心配が無くなった。
こうした采配は既に一度経験していることもあり、問題無く進める事ができた。
サイレントランから5時間が経過したが、アークエンジェルは非常消灯を継続し慣性航行を続けていた。予想通りZAFTは我々のもとへは来なかったが、ラミアス大尉は倒れ、艦の状態も万全とは言えない。私達はその間にこの艦で未完成な部分の補完や調整をする事にした。
セブンは丁度機関が停止状態にあることから機関部を再調整し、上手く行けば以前の出力効率より70%以上向上するだろう。彼女の話によると、この艦には巨大なレーザー核融合パルス推進装置があるそうだ。原始的ではあるが核融合炉の原型が既にここにあるということは興味深い。
彼らはニュートロンジャマーから立ち直るために、何故核融合炉へ進もうとしないのかはわからないが、これは燃料の重水の問題だろうか。月は現状で連合の支配下にあるが、全世界を賄う程の量には達しないだろう。
そうなると火星や木星への航路が開けなくてはならないが、宇宙の制空権はZAFTにあると言っても良い現状を鑑みるに、彼らは強行に対抗せざるを得ないのだろう。しかし、そこはZAFTも譲れない一線か。
食堂では加藤ゼミの学生達が休憩時間を楽しんでいた。
私とトゥヴォックも離れた外側の席に座りゆっくりとしていた。
カズイ少年が好奇心をもって発言する。
「どこに行くのかな、この船。」
「一度、進路変えたよね。まだザフト、居るのかな。」
サイ少年の発言は5時間経過後に行われた針路修正の事を言っている。サイレントランが終了してからも安全を取って最大24時間の慣性航行を行っている。通常航行で走る選択肢もあるが、周辺宙域にZAFT艦が居る可能性を考え慎重に行動している。
「この艦と、あのモビルスーツ追ってんだろ。じゃあ、まだ追われてんのかも。」
「えー、じゃあ何?これに乗ってる方が危ないってことじゃないの。やだぁ、ちょっとぉ。」
トール少年が言っている割には楽しそうに話すのに対し、アルスター嬢は露骨に嫌がっている。
それを聴いてキラ少年の顔が曇る。そんな彼を気遣う様にミリアリアはアルスター嬢を嗜めた。
「壊された救命ポッドの方がマシだった?」
「そ、そうじゃないけど…」
彼女はばつが悪そうに答える。
発言を修正した所で、彼女の身勝手な発言に場の雰囲気は落ち込み沈黙した。
「…親父達も無事だよな?」
「避難命令、全土に出てたし、大丈夫だよ。」
カズイ少年の言葉はその場の全ての者が共通に感じている疑問だろう。
サイ少年の言う通り、確かに避難は速やかに行われていた。だが、あの崩壊で全員が無事とは行かないだろう。運が悪ければ…フレイ・アルスターの乗っていたポッドの様に取り残されたり、瓦礫と衝突して破壊される危険性はある。それ以前に、攻撃による爆発の衝撃で破壊されたものも少なくないだろう。
その時、廊下から一人の男がカリカリとして入ってきた。その表情は随分とストレスが堪っている様に伺える。
「キラ・ヤマト!」
「は、はい。」
「マードック軍曹が、怒ってるぞぉ。人手が足りないんだ。自分の機体ぐらい自分で整備しろと。」
「僕の機体…?え、ちょっと僕の機体って…」
「今はそういうことになってるってことだよ。実際、あれには君しか乗れないんだから、しょうがないだろ。」
「それは…しょうがないと思って2度目も乗りましたよ。でも、僕は軍人でもなんでもないんですから!」
「いずれまた戦闘が始まった時、今度は乗らずに、そう言いながら死んでくか?」
「…。」
「今、この艦を守れるのは、俺とイチェブ、そしてお前だけなんだぜ?」
「…でも…僕は…」
「君は、出来るだけの力を持っているだろ?なら、出来ることをやれよ。そう時間はないぞ。悩んでる時間もな。」
キラ少年の顔は困惑の表情を隠せなかった。無理も無い。年端の行かない少年に、それも数時間前までは普通の学生だった少年に戦地へ行けと言っているのだ。どちらがおかしいと言われれば命じる側だろう。
だが、フラガ大尉の言う事もまた正しい。何もしなければ射たれる可能性があるなら、何かしてそのリスクを取り除く方がずっと正しい選択だろう。とはいえ、果たして、この少年は耐えられるのか。
そこに、サイ少年がフラガ大尉に尋ねた。
「あの!…俺も戦うことは出来ませんか?」
「へ?君が?」
「はい、キラ1人に背負わせるのは忍びないです。出来る事なら代わってやれる体制は作れないんですか?キラが出来ないなら、俺が…」
「ん、あーーー、気持ちは嬉しいがなぁ、ストライクは彼にしか動かせないんだ。」
大尉の発言にアルスター嬢が反応する。
「え!?なに?今のどういうこと?あのキラって子、あの…」
「君の乗った救命ポッド、モビルスーツに運ばれてきたって言ってたろ。あれを操縦してたの、キラなんだ。」
「えー!あの子…?」
「ああ。」
「でもあの…あの子…なんでモビルスーツなんて…」
サイの言葉にアルスター嬢は困惑していた。
まさか自分を助けた人物がキラ少年だったと聴いて、尚更先程の発言に恐縮する思いだった。でも、疑問も湧く。
フラガ大尉は彼にしかMSは操縦出来ないと言った。MSはZAFTのコーディネイターが作ったもの。大尉はMAに乗っているという話であるから、余計に彼女の腑に落ちない。
そこにカズイ少年が呟く。
「キラは…コーディネイターだからね。」
「カズイ!!!」
カズイ少年の言葉にその場の全員が驚き、思わずトール少年が彼の名を呼び制す。しかし、もはや修正はきかない。
目を伏せるキラ少年を見て、サイ少年はその痛々しい程に沈んだ彼を何とかしたかった。でも、気のきいた言葉は浮かばない。それでも、何かを彼の代わりに言ってやらなくては、何が友達だろうかと感じていた。
「…うん…キラはコーディネイターだ。でも、ザフトじゃない!俺達と同じオーブの普通の学生だ!なのに命がけで戦場に立ってくれたんだ。」
彼の言葉にアルスター嬢は何も言えなかった。
だが、そこにあえて発言する者が居た。
「…そうか。坊主はコーディネイターだったのか。じゃなけりゃ、出来損ないOSを書き換えるなんて無理だよな。あ、俺は言っとくが偏見とかは無いからな。そりゃ、驚いたけどさ。
まぁ、この艦にはブルーコスモスかぶれも居るかもしれないが、少なくとも俺はそんな奴は許さない。でもな、与えられた運命から逃げようって奴は、俺は軽蔑するぜ?…みんな逃げたくても逃げられないんだ。なら、立ち向かうしかないっしょ?」
「…僕、整備を手伝いに行きます。」
「おう!行ってこい!」
キラ少年が立ち上がり足早に出て行く。
フラガ大尉の言葉は彼らに良い刺激となった様だ。
「…うん、あたし達の仲間。キラは大事な友達よ。私達も頑張って支えなきゃ!さぁ、仕事に戻りましょう!」
ミリアリア・ハウもまた、そう話すとキラ少年の分の食器を持って返却口へ返しに立った。
それを合図とする様にその場にいる皆が立ち上がってそれぞれの持ち場へ出て行く。
残されたのはアルスター嬢1人だった。
彼女は全員がその場から消えたあとも、暫くその場に座っていた。
「…ちょっと良いかしら?」
「あ、はい。」
「すまないけど、あなた達のやりとりを向こうで見ていたわ。落ち込んでいる様ね。」
「え、あ、…大丈夫です。」
「そう?…あなた、コーディネイターは嫌い?」
「え!?………わかりません。でも、戦争を始めたのはZAFTだってパパが…」
「…そう。でも、それは連合が核でプラントを焼いたからでしょう?」
「…。で、でも…」
「えぇ、ZAFTはそれ以上の報復をしたわ。エイプリルフールクライシス…世界中でエネルギー不足で亡くなった人は数億人を数える…人類への大罪ね。」
「…はい。」
「でもね、それは組織が悪いのであって、人ではないの。勿論、組織が人を作ることも言えるけど、人1人では何も出来ないわ。それはナチュラルもコーディネイターも同じじゃなくて?」
「…。」
「傷つけられた人の思いは大きな憎悪になる。でも、憎悪は新たな憎悪を生み出す起爆装置でもあるわ。…憎んで戦えば、新しい憎しみを作ってしまうの。冷静さを欠いた人類は、これまで幾度となく戦争をして、傷付き、そして懲りたはずだけど、時が過ぎると忘れてしまうのよ。」
「…でも、戦わないと殺されちゃいますよ。」
「…そうね。だから戦う。それは自然なことよ。人類は戦う知恵を付ける事で進化してきたの。最初は環境に打ち勝つ為に、次は同族同士の縄張り争いに勝つ為に。そして、今は、…何と戦っているのかしら?」
「…人種の壁?」
「違うわ。エゴよ。所有欲であったり、商売としてであったり。…始まりはプラントの独立を承認しなかったから。それは何故?…プラントは連合国家の所有物だったから。コーディネイターが優秀だというなら、そしてナチュラルが彼らに打ち勝つというなら、どうすれば良かったのかしら?」
「………私達が譲るんですか?」
「いいえ。権利を主張するには義務を負わないといけないわよね?…コーディネイターは独立が欲しいなら対価を払う必要があったでしょうし、ナチュラルは彼らが干上がらない常識的な範囲で権利を認めてあげる必要があった。
そうすれば、連合は傷付かず負債を背負わずに済むし、プラントは自分達の自由と権利を主張出来る。…この戦いの始まりはその縺れ。差別は後付けよ。」
「…パパは何も詳しい事は話してくれなかった。でも、薄々は感じていたわ。だけど、私にはパパしかいないのに、いつも仕事で、その理由はコーディネイター絡み。本当はコーディネイターなんてどうでも良いの。私は…一人になりたくなかったから。」
「…そう。寂しいわね。」
私はアルスター嬢をそっと抱きしめた。彼女も私の胸にすがるように顔を埋めた。
戦争は多感な少年少女の心にも歪みを作る。どんな時代にあっても難儀なものだと感じる。
その頃、アークエンジェルを追撃していたはずのヴェサリウスでは。
「アスラン・ザラ、出頭致しました!」
「…あー、入りたまえ。」
クルーゼの執務室に入ったアスランは、彼が荷物の整理をしているのがみえた。
「…た、隊長?」
「ふぅ、ヘリオポリスの崩壊で、バタバタしてしまってね。君と話すのが遅れてしまった。」
「はっ!先の戦闘では、申し訳ありませんでした。」
「懲罰を科すつもりはないが…まぁ、尤も私にはその権限は無いが、話は聞いておきたい。あまりにも君らしからぬ行動だからな。アスラン。」
「…。」
「あの機体が起動した時も君は傍に居たな?」
「申し訳ありません。思いもかけぬことに、動揺し、報告ができませんでした。あの最後の機体、あれに乗っているのは、キラ・ヤマト。月の幼年学校で友人だった、コーディネイターです。」
「ほぉ。」
「まさか、あのような場で再会するとは思わず、どうしても確かめたくて…」
「…そうか。戦争とは皮肉なものだ。君の動揺も仕方あるまい。仲の良い友人だったのだろう?」
「…はい。」
「分かった。そういうことなら仕方ない。だがな、戦場での動揺は命取りになると忠告はさせてもらう。君だけじゃない、共に戦う仲間にも危険が及ぶ。
さて、君を呼んだのはこの話の為じゃない。今日からこの部屋は君の部屋だ。…私はガモフで本国に帰る事になった。笑ってくれたまえ。先の戦闘の失態の結果だ。」
「えっ!」
「入れ替わりで本国からナスカ級が一隻加わる。君らにはこの後も足付き追撃の任務についてもらう事になった。アスラン、いや、ザラ隊長、後任を頼むぞ。アデスと共に頑張ってくれたまえ。」
「は、はい!…って、それはいつから?」
「本日付けだ。君にフェイスの称号が与えられた。本日より正式に君はこの部隊をザラ隊として指揮する。明後日にはナスカ級が到着する。艦長はグラディス女史だ。彼女はやり手と聞く。頼りにする事だ。」
「…自分が、フェイス…ですか。」
「本国の決定だ。私は従うまでだ。さて、すまんが私の荷物を運ぶのを手伝ってくれるか?」
「はい、お持ちします!」
アスランはクルーゼの荷物をガモフに運んだ。
ガモフに搭載されていた機体はブリッツ以外は全てヴェサリウスに移送し、その後見送りすることもなく静かにクルーゼを乗せて帰って行った。
ーーアークエンジェル医療室
「…この怪我もありますが、相当疲労を溜め込んでいる様ですね。怪我の処置は問題無く済みました。体力の回復のために生食を一本射っておきますので、半日程度は安静にさせた方が良いでしょう。」
ラミアス大尉はあのまま倒れたまま意識が戻らず眠っている。
無理も無い。彼女はこの艦の艦長として慣れない仕事を精一杯やっていた。
クルーの安全を守り任務を遂行することは、口で言う程優しい事ではない。
この場にはフラガ大尉とバジルール少尉、そして私が立ち会っていた。
「半日の安静か。その間の指揮は、バジルール少尉、あんたの出番だぜ?」
「分かっています。本艦は現状の慣性航行を維持し、ユニウス7を経由して月を目指すのに変わり有りません。慣性航行の終了が大尉の復帰の時期と丁度重なるでしょう。私はその間まで大尉の分まで頑張る所存です。」
「っぷ、くく。」
「…何がおかしいんですか?大尉。」
「いや、ほんとに真面目だなぁ〜って。」
「…お言葉ですが、大尉が規格外過ぎるのです。私は至って普通です。」
「…そうねぇ。少尉が本来の軍属の有るべき姿よね。」
「ジェインウェイさん。」
少尉は私の間の手に目を輝かせていた。
彼女はからすれば、上官が認めてくれるということは何よりの勲章なのだろう。
「でも、大尉の言う様にあまり肩肘張らずに頑張って。あなたまで気を張りすぎて倒れたら、今度はそこの規格外の彼が指揮することになるんですから。」
「ちょ、ジェインウェイさん!」
「ぷ、ふふふ、はい。気をつけます。」
非常照明でくらい艦内だが、ここでは不謹慎な笑いが咲いていた。
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